2020年7月、社会人2年目でサイボウズへ中途入社した今井豪人。
大企業に勤めていた彼は、研修や細かい指導を行わないサイボウズのコーポレートブランディング部の環境に最初はびっくりしたそう。しかし、自身のマネジャーである大槻幸夫の日々の言動を見るなかで、次第にその裏にある育成論に気づいていきます。
今回は、そんな今井が「育成」について抱いていた疑問を、大槻にぶつけてみました。
「会社人」ではなく「社会人」になってほしい
今井
サイボウズに転職して2か月経つのですが、前職に比べてあまりに指導がないので、すごく戸惑ったんです。僕の育成には興味ないのかと思って……。
部署研修に関しても「録画されているから、好きなもの取りなよ」と言われるし、企画の相談をしても、全然細かく指導してくれないじゃないですか。
同じサイボウズでも、
営業本部は丁寧なオンボーディング研修があるのに……。
今井豪人(いまい・かつと)1996年生まれ。新卒で酒類・食品メーカーに入社。2020年7月にサイボウズに転職し、コーポレートブランディング部に所属。「サイボウズが考える情報共有」の特徴・おもしろさを伝えるコンテンツ制作に挑戦中
大槻
へぇー、そんなふうに感じていたんですね。ちなみに、前の会社とはどう違うのでしょう。
今井
前職では、マネジャーの中で仕事の良し悪しの基準が明確にあって、それに沿った仕事の確認や指導が細かくありました。
僕自身も「育ててもらっている」みたいな感覚が強かったと思います。
大槻
なるほど。確かにサイボウズでは一貫して「自立」を大事にしているので、「育てよう」とはあまり思っていないんです。
マネジャーはメンバーが主体的に働けるように、あえて細かく指導しないようにしていて。そこで不安を感じさせたかもしれませんね。
今井
育てようとは思っていない……ですか。
大槻
そもそも僕は、メンバーには「会社人」ではなく、「社会人」になってほしいと思っているんです。
大槻幸夫(おおつき・ゆきお)。サイボウズ株式会社コーポレートブランディング部長。オウンドメディア「サイボウズ式」の初代編集長。出版事業「サイボウズ式ブックス」の編集長。ブランディングムービー「大丈夫」、テレビCM「がんばるな、ニッポン。」などを担当
今井
どういうことでしょう?
大槻
サイボウズが大事にしている"公明正大"や"多様な個性を重視する"、"自立と議論"などは、社会人として欠かせないベーススキルです。
今井
社長の青野さんが、「これだけは絶対に守るように」と言っているサイボウズのカルチャーでもありますね。
大槻
そうしたベースが身につけば、この先サイボウズであろうと違う会社やNPOであろうと、本人なりのキャリアを見つけやすくなるでしょう。
なので、仕事の進め方についてはあまり指導しないけど、ベーススキルにかかわることは繰り返し伝えるようにしていますよ。
誰しも当事者意識のタネはある。大切なのはそれを強める環境づくり
今井
なるほど。ただ、仕事の進め方を部下に任せるマネジメントスタイルって、その人の当事者意識によって、良し悪しが左右されませんか?
大槻
たしかにその通りですが、僕は誰しもが当事者意識のタネを持っていると思うんです。やりたいことがあってサイボウズに入社しているわけですから。
問題は、そのタネが環境次第で育つかどうか左右されること。だからこそ、マネジャーはメンバーの当事者意識が自然と育まれる環境を整えておく責任があると思っています。
今井
当事者意識を育むうえで大事な環境とは、なんでしょうか?
大槻
「情報」へのアクセスが開かれているかどうかだと思います。たとえば、会社の業績や経営会議での経営陣の議論、他部署の動向、メンバー間の雑談などですね。
そうした情報に自由にアクセスできることによって、会社の方向性と本人がもともと持っている当事者意識が結びつく。
そうして、「これを自分の仕事に加えてみるといいかも!こういう提案をしてみよう!」といった多様な発想が生まれてくるんです。
今井
たしかに。いくらやる気があっても、そもそも思考するための材料がないと、それ以上考えを広げられないですもんね。
大槻
だからこそ、会社を取り巻くようなカッチリとした性質のものから、企画のヒントとなりそうな緩やかな性質のものまで、メンバーが必要な情報にちゃんとアクセスできているか、ということは常に意識しています。
たとえば、毎週木曜日の経営会議の議事録は
kintoneで全社員に共有されていますが、特に大事なところはメンバーにメンションを飛ばして共有するようにしていますね。
仕事を任せる上で役立ちそうな情報を「置いていく」
今井
大槻さんのように、細かい指導をしないマネジメントスタイルは、ともすれば「放任」と受け取られてしまうこともあると思います。
「放任」と「委任(任せること)」の違いやバランスはどう考えていますか?
大槻
放任は、仕事を振った後はほったらかしで見ることさえしないイメージです。一方で委任は、仕事の進め方やその結果をしっかり見ているイメージですね。
サイボウズでは、kintoneや
Garoon上で、すべてのメンバーのやりとりや会社を取り巻く情報が可視化されています。さながら、仕事用のSNSのような環境になっていますね。
僕はここでメンバーの仕事の進め方から、『分報』に書かれるちょっとしたつぶやき、いま抱えている悩みまで、Web会議で直接話すまでもないようなことも幅広く見ていますよ。
サイボウズのkintone内にある『分報』スペース。Twitterのような感覚で、業務の現状や悩み、ちょっとした思いつきや疑問、さらにはプライベートの話まで共有されている
今井
でも、メンバーの仕事の進め方が明らかに間違っている際は、指摘はしないのでしょうか?
大槻
手順が完成されている仕事は指摘することもあります。ただ、仕事を学びながら進めている途中で何か言われると、人はやる気をなくしてしまうと思うんです。
何なら仕事だけでなく、家で慣れない料理をしているときに、横から「あぁ、その炒め方はちょっと……」と指摘されると、そこは辛抱して任せてよ、少しは失敗させてよって思いますから(笑)。
今井
ですね。その気持ち、よくわかります(笑)。
大槻
そのため、よほど重大な問題が発生しない限りは、途中では何も言わず、仕事が終わった後に伝える。あるいは、その仕事を任せる上で役立ちそうな情報を「置いていく」ことを意識しています。
今井
言われてみれば、分報に悩みを書き込んだ時に、「この本おもしろいですよ」「この人と話してみてもいいかも」というコメントをもらいましたね。
答えではなく、ヒントを渡されるのがすごく心地いいなと思って。
今井が書き込んだ「ちょっとした疑問」に、大槻がコメントしている様子。このような形で、他のメンバーからヒントになる情報を提供してもらえることもあれば、小さなつぶやきをきっかけに、他部署も巻き込んだ議論に発展していくこともある
大槻
それはよかったです。分報はサイボウズ社員なら誰でも見られて、コメントできます。だから、チームや部署の垣根を越え、さまざまな視点からのコメントをもらえるわけです。
今井
「えっ この人まったく面識ないのにコメントくれた」みたいなこともよくありますね。
大槻
サイボウズあるあるですね(笑)。
育成という観点でいうと、最近のサイボウズは、1人の上司がメンバーを育てるのではなく、みんなで上司という役割を分担するような感覚が広がっている気がします。
今井さんの発信にいろんな人から情報が集まるこのスタイルは、新しい育成の形のひとつかなと思っています。
ザツダン(いわゆる1on1のようなもの)も、僕とだけでなく、社内の誰とでも自由にできますもんね。
今井
まさに日々、そのありがたみを感じています。900人分の視点からフィードバックをもらえるこの環境は最高に贅沢ですね。
大槻
ただ、そうした育成の形を実現するには、そもそもメンバー自身が自分の状況を発信することが不可欠です。
特にテレワークの状況下だと、オフィスに出社していたら横で気づけたことも、発信してもらわないと何も見えない。メンバーも日々の所感や疑問を積極的に共有しようとする姿勢が大切だと思います。
「育成」なんて、おこがましい。マネジャーも完璧じゃない
今井
ここまでお話を伺ってみて、なんとなく大槻さんの考える「育成」が見えてきたように思います。
大槻
そもそも僕は「育成」というキーワードは、上司が正解を知っているみたいな感じで、おこがましいなって思うんですけどね(笑)。
今井
ええっ!?
大槻
僕だってここまでの人生45年を初めて生きています。いろんな失敗をしているし、この先だって分からない。
それに、自分が育ちたい方向性は自分の中にしか答えがない。だから、先生と生徒みたいな関係にならないことが大事かなと思います。
今井
上司と部下は、どうしても教え・教えられるという上下関係になりやすいですもんね。
大槻
だからこそ、マネジャーは普段からいろんな失敗をさらけ出せるといいですよね。
実は、緊急事態宣言が出て全社完全テレワークになったとき、精神的にかなり落ち込んだ時期があったんです。それはもう、うつ病の一歩手前ぐらいに。
社会人になってから20年間ずっと朝9時オフィスに出社してきた身からすると、出社ができないことで気づかないうちに大きくリズムを狂わされていたんです。それをkintoneに書いたんですよ。みなさんも気をつけて、と。
今井
メンバーにそういった弱みを見せるのは、結構抵抗があったんじゃないでしょうか?
大槻
そうですね。昭和のおじさんの価値観からすると、弱みを見せるってすごく恥ずかしいことなんですけど、思い切って書いてみたらたくさんの反響があって。
いま僕が経験していることが、もしかすると、みんなの未来につながるかもしれない。失敗の情報も参考になるように発信するのは大事だな、と。
今年5月に大槻が社内のkintoneに書き込んだ内容(一部省略)。若手からマネージャー層まで広く共感を呼び、208も"いいね"がついた
今井
実はサイボウズに入る前は、社会人歴2年目の僕の中で、マネジャーってある種、完璧な存在に見えていたんです……。
でも、大槻さんの発信を見ていると、「人間だから、仕事でも波があってもいいんだ」「あっ、このままの自分でいいんだ」と思えてきて。それが僕自身、発信する上での心理的安全性につながっている気がします。
大槻
世の中のマネジャーは、権限や情報を一人で背負いすぎていますよね。でもこのコロナの時代に、それがいろいろな辛さを生んでいるような気もします。
「完璧じゃないところを見せて、苦手なことはみんなで分担してやろう」というマネジャー像がもっと広がればいいな、と思います。
その点、マネジャーが率先して、くだらないことも含めて日々つぶやいていくことも大事ですね。
マネジャーの役割は、キャンプファイヤーの火を絶えず燃やすこと
今井
大槻さんにとって、マネジャーの役割って何だと思いますか?
大槻
まずは、自分がワクワクして仕事にすることじゃないでしょうか。
今までのマネジャーには、引っ張ったり、お尻を叩いて働かせたりするイメージがあったと思うんです。でも、これからはマネジャー自身が理想に対して、ワクワクしている姿を日々の行動で見せて、メンバーに共感してもらえる状態をつくることが大事になってくると思います。
今井
マネジャーが楽しそうに働いていると、メンバーも楽しくなりますもんね。
大槻
サイボウズ副社長の山田さんは
「うちの経営は、キャンプファイヤーだ」と言っているんです。
真ん中で火(理想・やりたいこと)を焚いて、社長の青野さんが踊っている。副社長の山田さんが笛を吹いている。それがいいなと思ったら近寄ってきてもいいし、何か違うと思ったらほかのキャンプファイヤーに行けばいい。
今井
サイボウズの理想と、自分の理想が重なる部分で踊りましょう、ということですね。
大槻
逆に言うと、とっくに火が消えているのに無理やり躍らせて、みんなが疲弊している企業も少なくない。会社の中心に理想がなければ集まっても意味がない。
だから、マネジャーは火を絶えず燃やしていることが大事だし、火が消えそうになったら正直に「消えそうなんだよね……」って言うことも大事なんじゃないか、と。
今井
でも、マネジャーに限らず、火が見つかりづらい人もいると思うんです。そういう人はどうすればいいのでしょう?
大槻
火が見つからないことは決して悪いことではありません。僕自身、最初はやりたいことを見つけられませんでした。
ただ、仕事を「やりたいこと・できること・やるべきこと」の3つに分けて考えたとき、やりたいことが見つからなくても、まずは「やるべきこと」をやる。そのうちに、自分が「できること」が増えてくる。
まずはその2つをしっかり取り組めばいい。そうして精一杯やったその先に、やりたいことは必ず天から降ってきますから。
企画:今井豪人(サイボウズ)執筆:水玉綾 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
変更履歴:「前職のコーポレートブランディング部が、部署研修をしない会社だったと読めてしまう。」というご指摘があったため、文言を以下のように変更しました。(2020/10/28 10:00)
変更前:大企業で勤めていた彼は、研修や細かい指導を行わないコーポレートブランディング部
変更後:大企業に勤めていた彼は、研修や細かい指導を行わないサイボウズのコーポレートブランディング部