サイボウズでは、取締役候補を社内で募集。立候補した17人全員が取締役に就任しました。
しかし、多くの人にとっては「そんなに増やして大丈夫なの?」「そもそも取締役って、なに?」という印象でしょう。
株式会社に取締役を置く理由、「代表取締役社長」といった肩書きの意味、サイボウズが取締役を社内募集した経緯など……。これらの事柄について、「ほぼ無職」を自称する地主恵亮さんにわかりやすく取材いただきました。
「肩書き」というものがある。
名刺の名前の上に書かれているものだ。肩書きが全てではないけれど、そこに「社長」や「取締役」などと書かれていると、この人はすごい人なのではないか、と思ってしまう。
肩書きなんて古いという考え方もあるけれど、あるとないなら、あった方がいい気がする。
どうも、この記事を書いている地主です!
わたしは残念ながら、上記の写真を見ればわかるように、まったく肩書きに縁がない生活を送っている。だからこそ、常々肩書きが欲しいと思っているわけだ。そんな折に、サイボウズの新たな取り組みを知った。
「次期取締役候補を社内募集」というニュースリリースだ。わたしは会社の仕組みに詳しくないので、あれだけど、取締役は偉いイメージがある。しかも、実際に17人が取締役に就任したとか!
「取締役」、ぜひ欲しい肩書きだ。年齢や役職問わず自薦でなれちゃうのも、素晴らしい。
ということで、サイボウズに来ました!
カイシャで一番偉いのはだれなの?
わたしはサイボウズの社員ではない。無職に近い。限りなく透明に近いブルーよりも限りなく無職に近い。
つまり、社内募集には参加できないけれど、なにかの偶然で取締役になれる、なんてことが起きるかもしれない。
それを狙いサイボウズを訪ね、元取締役の山田さんにお話を聞いた。
山田理(やまだ・おさむ @osamu419)。サイボウズ副社長 兼 組織戦略室長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、取締役に就任。財務、人事および法務部門の責任者として、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、米国現地法人立ち上げのためサンフランシスコに赴任。2020年に組織戦略室を新設し、本格的なグローバル展開に向けた組織づくりに取り組んでいる。2021年3月、取締役を退任。著書に『最軽量のマネジメント』(サイボウズ式ブックス)、『カイシャインの心得: 幸せに働くために更新したい大切なこと』(大和書房)など
地主
なんて素晴らしい会社なんでしょうね!
山田
えっ?
地主
御社に足を踏み入れた途端に幸せな気持ちになりました!!
え、なんて?
地主
素晴らしい会社ですねー!!!
しっかり距離をとったら、ほとんど聞こえなかった
山田
何が狙いなんですか?
地主
いえ、御社に入社したいとかではなく、ただ素晴らしいという感想を述べただけです。曇りなき思いです。
あまりに聞こえなかったので、一定の距離を保ちつつお話を伺うことに
地主
そもそもですが、取締役ってなんですか?
山田
すごく偉い人なんでしょうね?
地主
山田さんも疑問系?
山田
前職で銀行員だったときは、めっちゃ出世した人が就くポストかなと思っていました。
ただ、サイボウズで取締役を20年続けてみた結果、取締役ってそもそもなんなんやろ、って。
地主
いろいろ経験した結果、「なんやろ?」ってなるんですね。哲学みたいな。
山田
僕も今年で53歳なので、近いうちに誰かに引き継がなければいけない。それで後任のことを含めて、「取締役」という存在について、改めて問い直してみたんですよ。
もともとは、会社のオーナーたる株主の意向に沿う形で、会社経営されるように置かれた役職なんやろうなって。
地主
株主の意向……?
山田
そうです。株主から取締役に任されていることは、大きく2つあるんですよ。
1つは、会社での意思決定とそのクオリティの向上。 もう1つは、不測の事態が起きないように会社を管理監督すること。それらを果たすのが取締役なんだなと。
株式会社はこういう仕組みで回っているらしい!
地主
なるほど、会社経営の重要な部分に関わる偉い役職なんですね。
山田
偉いとは思いますが、会社による部分もあるでしょうね。
地主
では、会社で一番偉いのは誰なんですか?
山田
難しい質問ですね。前提からお話したいのですが、そもそも「代表取締役」と「社長」は別物で。
代表取締役は会社法に定められた、会社の代表者を表す呼称です。 一方、社長という肩書きは会社法には存在せず、あくまで会社内でのトップの役職を示す俗称。
肩書きは2種類ある! ※会社によっては、一部序列が異なるケースもあります。
山田
社長は会社のトップとして業務を執行しますが、あくまでも会社内部の責任者。株主や他企業など外部に対する責任者は、代表取締役となります。
だから、大半は社内と社外での意思決定を統一させるために、代表取締役と社長を兼務して、「代表取締役社長」という肩書きになる。
地主
よく聞く、一番憧れる肩書きですね! じゃあもし、「代表取締役“副”社長」ってのがいたら、社長より偉いですか?
山田
おそらく、社長よりも偉くなりますね。代表取締役副社長には、社長を否認する権限が会社法上あるので。
ただ、サイボウズでの意思決定はちょっと変わっていて。ヒエラルキーで言うと、1番手に社長、2番手に本部長の9人、3番手に部長が何十人といる形をとっています。
だから、取締役は社内で既に意思がまとまったことに、内容を確認し、問題がないことを確認した上で承認するだけです。
サイボウズではこういうイメージです!
地主
あれ? つまり、御社では取締役はそんなに偉くない?
山田
その通り、意思決定という意味では偉くないです。
地主
でも、肩書きは取締役になる?
山田
そうです!
地主
とりあえず、肩書きが欲しいだけなんで、むしろそれでいいです!
山田
え?
どうして取締役を社内で募集したの?
地主
そもそも、どうして取締役候補を社内で募集したんですか?
山田
取締役会では、多額な借財(借金や融資など)や支社の設置・廃止などの重要事項を話します。
その会は取締役で構成されるんですけど、意思決定は基本多数決なんですよ。
以前は3人(※)で取締役会をしていたので、代表取締役社長の青野さん以外の2人が結託したら、青野さんの意見をひっくり返したり、解任したりとかも事実上できてしまう。
※代表取締役社長の青野慶久、取締役副社長の山田理、取締役の畑慎也の3人。山田は2021年3月をもって取締役を退任。
地主
山田さん。
地主
狙ってました? 社長の座?
山田
狙ってないですよ! むしろ取締役の人数が少ないと議決権の一票はすごく重くなるので、できるだけ多いほうがいいなって。
地主
議決権を分散させたほうが、リスクヘッジになる、と。
今回の取り組みで17人が立候補しましたが、3月末の株主総会で認められたんですよね。新卒の方も取締役に就任していましたが、経験とかは関係ないですか?
山田
関係ないです。世界的にもめずらしいケースだから、役職や経験問わず、ニュートラルに考えてくれる人の方がいいと思っています。
地主
いいですね、わたしは何の経験もないです。正社員の経験すらない!
社長の座を狙っていない副社長
地主
一般的な株式会社では、取締役には意思決定の権限があるので、偉いはずですよね。 なんで御社では、取締役に実質的な意思決定の権限がないんでしょう?
山田
より多くの人からアイデアや助言をもらい、透明性のある議論を通して意思決定するためです。
サイボウズは「公明正大であること」を大事にしていて、取締役会すらもサイボウズの社員であれば誰でも参加してもいいようになっているんですよ。
地主
一般の会社では、社員は取締役会に参加できない?
山田
まずできないでしょうね。
でも、サイボウズでは参加できるし、発言も自由。 ベテランであれ、新人であれ、肩書きが何であれ、良い意見が出てくれば、それを採用していきます。
地主
ということは、新たに取締役が17人になっても何も変わらない?
山田
変わらないです! 逆に言えば、いままでがそのようにやってきたから17人になっても、これまで通りだと思います。
地主
じゃ、別にいままでの3人のままでもよくないですか?
山田
それは、僕ら取締役がある日突然、死ぬ可能性があったからですね。
地主
直近で亡くなるご予定でもあるんですか?
亡くなる予定はないです!
山田
そもそも、「取締会の設置には3人以上の取締役が必要」と法律で決まっているから、形式的に取締役3人を選んでいたんですよ。 ただ、取締役3人とも50歳前後なので、じきに代を変える必要がある。
だったら、なるだけ早めに権限を分散したほうがいいかなって。
地主
急に誰かが取締役を引き継ぐことになれば、混乱が起きますからね。安定的な経営を継続させるためにも、取締役を募集したと。
山田
そうですね、ぼくたちがいつ会社を離れても安心できる状態にしたいからね!
取締役になると、どんな責任や報酬がある?
地主
取締役になった人に責任はないんですか?
山田
会社法上の責任はあります。
たとえば、どこかの会社の買収が取締役会で決まった結果、株価が大幅に下がったとします。
すると、「取締役が適正な業務を行わなかった」として、株主から訴えられる可能性があります。
地主
でも、ちょっと待ってください。 御社では、取締役は現場の意思決定には実質的に関わっていないですし、事業戦略やプロジェクトで意思決定するのは業務担当者で、なにかあればその人の責任ですよね。
よ〜く考えたら、取締役だけが訴えられるのは不自然な気もしてきました。
山田
そう! 取締役会はオープンな場でやっていて、全社員が関わっています。
取締役が必要な情報を収集して、適切な判断をする義務もありますが、基本的には全員で意思決定できている状態です。
地主
だとすると、やっぱり取締役は関係ない?
山田
でも、それを信じられるかは立候補した人次第。
「うそやーん、またまた山田さんそんなこと言いながら、本当に問題がおこったら梯子をはずして、責任を押し付けるでしょ」と思うなら17人も立候補しないと思う。
地主
そうですよね、わたしも立候補したいです。
山田
立候補できるのは、サイボウズの社員だけなので。
地主
そうですよね。
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地主
じゃあ、取締役になると給料がよくなったりしますか?
山田
そういうのは一切ないです。
給料が増えることはないですし、仕事が増えることもない。 強いて言えば、1カ月に1回取締役会があります。
今までは参加してもしなくてもよかったけれど、取締役になったら参加しないといけません。ただ、それも業務時間内に行われます。
地主
名刺に「取締役」って書いてもいいんですよね?
山田
名刺に書くかどうかも自由です。本人たちも混乱するから、書かないという人もいますね。
地主
崇高ですね、わたしなら絶対書く! 自分の名前より1ポイント大きい文字で取締役って書きます! たぶん合コンとかでモテるから!
山田
モテるって分かったら、来年の取締役の立候補者は増えるかもしれないですね(笑)。
一応いまのところ任期は1年で、来年も募集する予定なので。
地主
でも、権限も報酬も発生しないなら、取締役に立候補するメリットってどこにあるんですかね?
山田
うーん……。立候補者は、ぼくも変わってるなって思ったんですけどね。
ただ、それぞれがしっかりやる意味を考えて立候補してくれていました。
地主
たしかに、自薦で取締役に立候補できるなんて聞いたことないですもんね!
山田
新卒で取締役に就任した人は「理屈では権限も報酬もないのはわかっているけど、なって初めて見えるものがある。『取締役はこういうものなんだ』と自分の口から語れるのは、すごくいい経験だと思う」と言ってましたね。
地主
理由が高尚すぎて、モテるからと言っていた自分が恥ずかしいですね。
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株主は取締役の社内公募を認めてくれたのか?
地主
でも、会社のオーナーたる株主は、この取り組みに不安はないんですかね?
山田
さまざまなご意見をいただきましたが、最終的には17人の取締役就任の決議にいたりました。
反対する理由は「リスクがあるから」となると思うんですけど、もともとサイボウズ全体でオープンに議論して意思決定しているので、リスクは最小化されていて。 管理監督の役割についても、同じことが言えます。
弊社では仕事に関するやりとりやスケジュールはクラウド上で全社共有している。 言い換えれば、社員全員でおたがいを管理監督できる形になっているわけで、悪さをしたらすぐにバレますよ。
だから、今と比べてリスクの大きさを説明できないと思うんですよね。
地主
その通りです! よっ、社長!
山田
副社長です。
さて、本題!
ほぼ無職のわたしでも、取締役になれますか?
地主
御社って入るの難しいんですか?
山田
なんで急にそんなこと聞くんですか?
地主
取締役になりたくて!
山田
それはおもしろいから、面接で言ってほしいですけどね。人事がどんな反応をするか……。
地主
志望動機が取締役になりたい、では人事では通用しないですよね、やっぱり。 たとえば、副社長と一回名刺交換して、インタビューしたから、入社試験が優しくなるということは?
山田
地主
キャリア採用は山田さんの担当ではない?
山田
そうですね、基本的には傍から見ているだけですね。だから、僕と仲良くしても得はないですよ!
山ちゃんじゃ無理か!!!
地主
取締役になりたいのに!!!
山田
何でそんなに取締役にこだわるんですか?
地主
肩書きが欲しいからです!
山田
うーん、地主さんはフリーランスですよね。サイボウズでは、いまの仕事を続けながらサイボウズで働きたい人に向けて、「
複業採用」なども通年で実施しています。 カイシャと個人の関わり方は多様なので、いろんな人に門戸は開かれていますよ。
ただ、大切なのは地主さんがサイボウズで何をしたいかです。サイボウズに入って、具体的に何かしたいことってありますか?
地主
何かしたいこと? 肩書き以外に……何がしたい? 考えてなかったな……何がしたいんだろう……。
〜3分経過〜
地主
山田さん。
地主
一旦、それは忘れていただいて、とりあえずわたしを取締役にしt
山田
ダメです。
だよね!
◇
次期取締役候補の社内公募について聞いた。おもしろい取り組みだし、本来ならばほぼなることのできない取締役というポジションを体験できることは、いいことだと思う。話を聞けば、聞くほど、いい。
問題は、わたしがサイボウズ社員でないことだ。そこで、「地主恵亮という名前の人間は無条件でサイボウズに入社できる取り組み」を始めてほしい。
地主
という、取り組みはどうですかね?
山田
それもダメですね!
カンガルーを撫でる副社長
企画:神保麻希(サイボウズ) 執筆:地主恵亮 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)