カイシャ・組織
隠さないから、格差ない組織に──日経新聞広告「隠すのって疲れません?」の意図をサイボウズ青野に聞いた
「隠すのって疲れません?」
6月29日に日本経済新聞に掲載した広告のメッセージです。「情報を隠さないことで、情報の格差をなくす」──。なぜいま、こんな広告を打ち出したのか。サイボウズ代表取締役社長の青野慶久に聞いてみました。
情報が共有されずにモヤモヤしている若者をなんとかしたい
編集部
なぜこのタイミングで「隠すのって疲れません?」のメッセージを出そうと思ったんですか?
青野
組織の中でモヤモヤしてる若者を、なんとかしたいなと思ったんです。見過ごせなかったんですよね。
編集部
働く若い人のモヤモヤと情報をオープンにすることは、どう関連しているんですか?
青野
若者は「何がわからないのかがわからない」から、モヤモヤするんですよね。
ほとんどの場合、それは情報がオープンになっていないからなんです。
ほとんどの場合、それは情報がオープンになっていないからなんです。
青野
ほとんどの情報が全社的に共有されている「情報格差のない組織」に変わってほしいという思いもあるんですよね。
最近、世の中もだんだんとそちらにシフトしている気もします。
最近、世の中もだんだんとそちらにシフトしている気もします。
編集部
「オープンにすること=情報を隠さない」だと。
青野
「隠さない」は、決してハードルの高いものではなくて、誰でもできることだと思います。隠し続けるのって、疲れますし。
編集部
広告のメッセージ「隠すのって疲れません?」にもつながりますね。
青野
このメッセージは、思わず情報を隠してしまったことがある方にとっては衝撃を感じるかもしれません。
経営者や上司の立場で、どきっとする方もいらっしゃるかなと思います。
とはいえ、当人は情報を隠しているつもりはないのかもしれませんよね。なぜなら、いままでの慣習でそれが当たり前になってしまっていたから。
経営者や上司の立場で、どきっとする方もいらっしゃるかなと思います。
とはいえ、当人は情報を隠しているつもりはないのかもしれませんよね。なぜなら、いままでの慣習でそれが当たり前になってしまっていたから。
編集部
情報を隠している人にも、何かしらの理由がある、ということですね。
青野
そうです。決して、そういった人に「隠すな!」と詰め寄りたいわけではありません。
それよりも「この情報をオープンにしてもらえれば、組織の生産性がもっと上がると思います」という感じで、チームで対話してもらえるとうれしいかな。
情報共有のツールも進歩しており、いままで以上に安く・簡単に情報をオープンにできるようになっています。いまがチャンスですよ。
それよりも「この情報をオープンにしてもらえれば、組織の生産性がもっと上がると思います」という感じで、チームで対話してもらえるとうれしいかな。
情報共有のツールも進歩しており、いままで以上に安く・簡単に情報をオープンにできるようになっています。いまがチャンスですよ。
本当はチームなのに「情報の壁」があると敵・味方になってしまう
編集部
会社の中でも、つい、隠しちゃうことってありますよね。
青野
情報がオープンになっていない会社ってことですよね。
大企業だった前職のことを思い出してみると、研究所があって、事業部や営業所がある。これらの間に、情報の壁があるんですよ。
大企業だった前職のことを思い出してみると、研究所があって、事業部や営業所がある。これらの間に、情報の壁があるんですよ。
編集部
壁、ですか。
青野
ええ。たとえば営業の人には「この工場原価を絶対見せるな」みたいなルールがあったりする。
原価を見せてしまうと、営業の人は値引きをして売ってくるから、いくらでつくったかは言うなって。
同じチームなのにかけ引きをしてしまう。これって何なんだろうね。
原価を見せてしまうと、営業の人は値引きをして売ってくるから、いくらでつくったかは言うなって。
同じチームなのにかけ引きをしてしまう。これって何なんだろうね。
編集部
各部署がいろんな正義を持っちゃって、それぞれがぶつかってる感覚かもしれません。
青野
縦割りですよね。本当は「お客さんにいいサービスを提供しよう」っていう同じ目的をもったチームのはずなのに、情報の壁ができると敵・味方の関係になるんだよね。
かけ引きを全部なくせば、精神的にも疲弊しなくなりますよね。「その分の工数を減らして、みんなで効率よく働いてさっさと帰りませんか?」みたいな気持ちになれるといいなと。
かけ引きを全部なくせば、精神的にも疲弊しなくなりますよね。「その分の工数を減らして、みんなで効率よく働いてさっさと帰りませんか?」みたいな気持ちになれるといいなと。
編集部
確かに。
青野
あとは、情報の伝達経路を外れるとすごく怒る人っているよね。
「俺聞いてない!」とか「わたしを通してから言うべきじゃないか?」っていう人。何が正義なんだろうね。
「俺聞いてない!」とか「わたしを通してから言うべきじゃないか?」っていう人。何が正義なんだろうね。
編集部
仁義を切るみたいな話ですよね。
青野
理屈じゃなくて、感情だよね。それでずいぶん時間を無駄にしていないかな。
権限で人を動かす組織では、どんなことでも上の人を通さなきゃダメなんでしょうね。これは、階層のある組織モデルの弊害かもしれません。
権限で人を動かす組織では、どんなことでも上の人を通さなきゃダメなんでしょうね。これは、階層のある組織モデルの弊害かもしれません。
情報をオープンにすると「権限で人を動かすこと」がなくなっていく
青野
何で隠しちゃうんですかね。隠さなくてもいいのに。
っていうか、情報を共有したほうが、おたがいが協力しあえる世界が待っているのにって思ってしまいます。
っていうか、情報を共有したほうが、おたがいが協力しあえる世界が待っているのにって思ってしまいます。
編集部
なるほど。どうして社内の情報共有は進まないのでしょう。
青野
これまで権限を持ってきた人は、情報もたくさん持っている。
だからこそ、情報を持っていない人との情報格差を利用して人を動かせたのかもしれません。「情報を教えてほしかったら言うことを聞け!」みたいな。
だからこそ、情報を持っていない人との情報格差を利用して人を動かせたのかもしれません。「情報を教えてほしかったら言うことを聞け!」みたいな。
編集部
では、情報をオープンにする意義は何でしょうか?
青野
「権限や権力で人を動かす」という選択肢をなくすことですね。
言い換えると、権限を振りかざしていた人が丸裸になってしまうことです。
オープンな情報共有を会社で実現するには、この課題と向き合っていかないといけない。勇気がいることです。
言い換えると、権限を振りかざしていた人が丸裸になってしまうことです。
オープンな情報共有を会社で実現するには、この課題と向き合っていかないといけない。勇気がいることです。
編集部
青野
そういった動きもありますね。でも、えらい人が一部の情報をオープンにするだけで、権限による支配がなくなるとは限りません。
情報格差のない組織への道のりは長いです。
情報格差のない組織への道のりは長いです。
全社戦略も「つくるプロセス」から公開。Zoomで画面共有、みんなでつくる
編集部
サイボウズ自身も、情報格差のない組織に変化しつつありますか?
青野
そうですね、プライバシー情報とインサイダー情報以外は、基本的に社内でオープンに共有されています。
社長である僕の1日のスケジュールも、マネージャーの交際費も、10年後を踏まえた全社戦略の議論のプロセスも、オープンになっています。
もちろん、部門としての意思決定や承認のフローはありますが。
社長である僕の1日のスケジュールも、マネージャーの交際費も、10年後を踏まえた全社戦略の議論のプロセスも、オープンになっています。
もちろん、部門としての意思決定や承認のフローはありますが。
編集部
情報をオープンにしてきたサイボウズの取り組みで、特に印象に残っているものはありますか?
青野
全社戦略ですかね。最近、そのブレストミーティングを毎週金曜日にやってるんですよ。
編集部
なぜそのミーティングを始めたんですか?
青野
集まった社員の意見を聞き、「ここはこういう考えなんだよね」っていう思考を言葉にしながら、その場でスライドと戦略をつくろうと思ったんです。
青野
以前は、自分が先につくった資料をみんなに共有して、フィードバックをもらっていたんですけど、いまはつくるプロセスから共有しています。
なぜなら、僕1人で考えることに限界を感じたからですね。
なぜなら、僕1人で考えることに限界を感じたからですね。
編集部
限界、ですか。
青野
あとは、頭の中を伝承していかなきゃという気持ちもありました。自分がいなくなった時に戦略を立てられる人がいなくなることが問題で。
編集部
それらの解決策が、資料をつくっている様子を公開することだったんですね。
青野
そうです。思考のプロセスから見てもらったほうが社員も学べますし、自分のやり方を真似してくれる人が出てくるかもしれない。
このやり方を積み重ねることで、僕以外にも戦略を立てられる人が出てくるかもしれません。僕の頭だけだったら年間で3個ぐらいしか考えられない戦略も、できる人が10人いれば、30個出てくるわけで。
このやり方を積み重ねることで、僕以外にも戦略を立てられる人が出てくるかもしれません。僕の頭だけだったら年間で3個ぐらいしか考えられない戦略も、できる人が10人いれば、30個出てくるわけで。
編集部
なるほど。全社戦略づくりにおける手品の種明かしをしようというわけですね。
青野
まさに。おもしろいよね、その感じ。
編集部
立場や年齢にかかわらず、誰でも長期戦略を立てるプロセスにかかわることで、そこでの学びを自分の仕事に生かせるようになるかもしれません。
なにか1つ共有するなら感想から。情報共有のコツは感情とともに伝えること
編集部
「情報をオープンにしたとしても、誰かのメリットになるかな?」と不安な人がいるかもしれません。
青野
メリットはありますよ。情報をオープンにすることで、誰かがアドバイスをくれるかもしれませんし、「そんな新しいやり方があったのか!」と気づきを得る上司も出てくるかもしれない。
編集部
確かに。情報共有のコツってありますか?
青野
感想を加えることですかね。
編集部
感想、ですか。
青野
そうです。だって、タスクやスケジュールだけが共有されても、見るほうはおもしろくないじゃないですか。
人間って、ストーリーに共感すると思うんですよ。嬉しかったことや悲しかったこと、そんな感情まで共有してくれると、すごく心が動く。
僕自身も昔、感情を共有せずに失敗したことがあって。
人間って、ストーリーに共感すると思うんですよ。嬉しかったことや悲しかったこと、そんな感情まで共有してくれると、すごく心が動く。
僕自身も昔、感情を共有せずに失敗したことがあって。
青野
自分としては、過去最高の出来の全社戦略がつくれたと思ったことがあったんです。去年の動向が完璧に分析されていて、論理的だなって。で、いざ共有してみたら……。
見た人から「だからなんですか?」って言われて。えーって。
見た人から「だからなんですか?」って言われて。えーって。
編集部
それはショックすぎます。
青野
完成された資料じゃ、社員には響かなかったんですよね。そこで思い切って、「正直、悔しい。今年は勝ちたい」って、恥ずかしげもなく感情を伝えてみたんです。
そしたら「それが聞きたかったんです!」と言ってもらえて。これまたえーって。
頑張ってつくった「論理的な資料」よりも「悔しかったっていう感情」のほうが、はるかにみんなの心に響いたんです。
そしたら「それが聞きたかったんです!」と言ってもらえて。これまたえーって。
頑張ってつくった「論理的な資料」よりも「悔しかったっていう感情」のほうが、はるかにみんなの心に響いたんです。
編集部
「伝えているのに、伝わっていない」問題に対する答えかもしれません。
青野
そうだと思います。「情報」っておもしろい漢字だと思いませんか?「情けを報じる」って書くんです。
情報は感情といっしょに伝えることで、相手に共有できるのかもしれませんね。メールや日報で、ひとこと自分の感情を添えてみるのもよさそうですね。
情報は感情といっしょに伝えることで、相手に共有できるのかもしれませんね。メールや日報で、ひとこと自分の感情を添えてみるのもよさそうですね。
すべての情報をオープンにする必要はない。公明正大に、ミスを受け入れることから
青野
自分の仕事について「こんな仕事をして、こう考えました」と共有してみるのもいいですね。公明正大に。
編集部
公明正大は、サイボウズでは大事な価値観ですよね。
青野
そうそう。公明正大という漢字を味わってみると「公に明らかになっても、正しいと大きな声で言えること」なんです。
物事が起きた時に、理由をしっかり言える状態かどうかです。
物事が起きた時に、理由をしっかり言える状態かどうかです。
編集部
なるほど。
青野
大事なのは、すべての情報をオープンにしようという話ではないことです。
もし共有できない情報があっても、「こういう理由があるのでこの範囲だけで共有します」と正直に話せばいい。
もし共有できない情報があっても、「こういう理由があるのでこの範囲だけで共有します」と正直に話せばいい。
編集部
公明正大は、社内では「アホはいいけど、ウソはダメ」と表現されることもあります。
青野
人が嘘をついたり隠し事をする理由は、「隠さないと詰められるから」だったりするんですよね。
編集部
詰められる……。
青野
そう、正直に話すと怒られる。それが嫌だから、嘘をついてしまう。
「アホはいいけど」とつけたのは、もうね、人間なんだから誰でも失敗はするだろうっていう。
失敗や小さなミスを、チームや組織で受け入れていくこと。これをやらないと、オープンな情報共有は実現しないんです。
「アホはいいけど」とつけたのは、もうね、人間なんだから誰でも失敗はするだろうっていう。
失敗や小さなミスを、チームや組織で受け入れていくこと。これをやらないと、オープンな情報共有は実現しないんです。
編集部
たしかに。その風土がないと、受け身でいたほうが得、みたいになりそうですね。
青野
みんな失敗しないようにふるまうし、「失敗しても隠す」となりかねない。結果として、失敗から学べなくなってしまうんですよね。
情報共有で何より大事なのは「相手を想像すること」
編集部
オープンにする・しないの境界はどう決めるといいですか?
青野
対話で決めていくのがいいと思います。
対話が始まれば、わからないから質問をするし、質問された側はしっかり説明すると思います。これをサイボウズでは「質問責任・説明責任」と呼んでいます。この対話から逃げないことが大事です。
対話が始まれば、わからないから質問をするし、質問された側はしっかり説明すると思います。これをサイボウズでは「質問責任・説明責任」と呼んでいます。この対話から逃げないことが大事です。
編集部
青野さんが対話で気をつけていることってありますか?
青野
相手を想像することですかね。
編集部
よく「想像責任」とおっしゃってますよね。相手がどう思うかを想像しながらコミュニケーションしよう、と。
青野
そう思いますね。相手が自分の言葉をどう受け取るかって、わからないじゃないですか。
自分と相手が違うように、全員が違うことを前提に考えて、自分と違う役割の人を想像すること。そのためには、対話を続けていくしかないですよね。すごく難しいけど。
自分と相手が違うように、全員が違うことを前提に考えて、自分と違う役割の人を想像すること。そのためには、対話を続けていくしかないですよね。すごく難しいけど。
青野
心理的安全性をつくることも大事だと思います。
お互いが攻撃的に言い合うと疲弊します。少なくとも普通に話して、普通に聞いてもらえる状態はつくりたい。
お互いが攻撃的に言い合うと疲弊します。少なくとも普通に話して、普通に聞いてもらえる状態はつくりたい。
編集部
聞けば聞くほど、共有ってスキルだと思うのですが、どうやって鍛えたらいいですか?
青野
まずは相手を知ることですよ。相手の関心がどこにあるかわからないと、心を動かすことは難しいですから。
編集部
伝えるだけでは足りないと。
青野
「相手を知る」ことは、情報共有において、発信能力以上に重要なスキルだと思います。
「かくさない」。情報を隠さないことで、社会の情報格差をなくしたい
編集部
こういった情報共有の1つ1つが、情報格差のない会社をつくっていくんだなと思いました。
サイボウズ自身がそのことに、一番コミットする必要がありますね
サイボウズ自身がそのことに、一番コミットする必要がありますね
青野
サイボウズ社内の情報格差は、だいぶなくなってきたと思います。オープンな情報共有をより進めていきたいですね。
そして、自社で培ったノウハウを、どんどん社会に還元していく。この両輪を回すことで、情報格差のない社会を実現できればと思います。
世の中の10年、20年先をいきたいんです。僕たち自身がそれを体現していくことで、社会にいい影響を与えられる気がするんですよね。
そして、自社で培ったノウハウを、どんどん社会に還元していく。この両輪を回すことで、情報格差のない社会を実現できればと思います。
世の中の10年、20年先をいきたいんです。僕たち自身がそれを体現していくことで、社会にいい影響を与えられる気がするんですよね。
編集部
社会全体の情報格差をなくしていきたいと。青野さんはなぜ、社会をよくするためにがんばれるのでしょうか?
青野
困っているビジネスパーソンを見過ごせないんですよね。
社会を一気に変えるとはいえないです。社会は50年100年かけて変わっていくんだと思います。
でも、やっぱりそれをあきらめたくない。
昨年の「がんばるな、ニッポン。」の時のように、自分たちが実践していることを発信していけば、1社ずつ情報共有の文化が根づいて、いまを変えようってチャレンジしてくれる会社が出てきますから。
時間がかかっても情報を隠さず、情報の格差をなくしてやるぞっていう、そんな感じですかね。
社会を一気に変えるとはいえないです。社会は50年100年かけて変わっていくんだと思います。
でも、やっぱりそれをあきらめたくない。
昨年の「がんばるな、ニッポン。」の時のように、自分たちが実践していることを発信していけば、1社ずつ情報共有の文化が根づいて、いまを変えようってチャレンジしてくれる会社が出てきますから。
時間がかかっても情報を隠さず、情報の格差をなくしてやるぞっていう、そんな感じですかね。
企画・執筆:サイボウズ式編集部 撮影:高橋団
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撮影・イラスト
編集部
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。