ここ最近、耳にする機会が増えた「多様性」や「ジェンダー」といった言葉。「企業はジェンダー問題に取り組む必要がある」とサイボウズ代表取締役社長の青野慶久は言います。
ですが、「なぜ取り組むべきなのかがいまいちわからない」、「必要なのはわかるけど、優先順位は低いのでは」といった意見もあるのではないでしょうか。
ジェンダーと経済のつながりについて、サイボウズ式編集部の鮫島と深水が、青野に聞いてみました。
ジェンダーと経済のつながりを伝えたい
鮫島
昨年、青野さんのnoteが話題になりましたね。
青野
はい、ありがたいことに。このnoteは、日本の給与水準がここ20年上がっていないのは「(アップデートできていない)オッサン文化」が元凶だ、といった切り口で、企業がジェンダー問題に取り組む必要性について書きました。
鮫島
なるほど。そもそも、青野さんがジェンダーに関する発信をしたきっかけについてお聞かせいただけますか?
青野
僕は選択的夫婦別姓について裁判をしましたが、個人的に、これはジェンダー問題として訴えていなかったんですよね。
鮫島
それは、なぜでしょうか?
青野
男女平等を目指す話ではなく、それぞれが自分らしい生き方ができるようにしましょう、という文脈で語っていたので。
でも、メディアが選択的夫婦別姓について取り上げると、ジェンダー問題としてくくられるんですよね。同性婚のテーマと合わせて。
鮫島
世の中は、選択的夫婦別姓をジェンダー問題としてとらえる傾向にあるんだ、って気づいたんですね。
青野
あと「やっぱりジェンダーよりも、経済問題のほうが優先度が高いよね」といった声もあって。そこで、世の中でジェンダーとしてとらえられているものと、経済問題としてとらえられているものをつなげる必要があると感じました。
鮫島
そこのつながりを明確にするために、noteという形で発信をされたと。
青野
そうです。「オッサン」という男性名詞を使ったのも、ジェンダーと経済をつなげることが目的でした
サイボウズにも「ガラスの天井」はあるのかも
鮫島
noteには、どのような反響がありましたか?
青野
賛否両論でしたが、「お前のところはどうなんだよ」というコメントにハッとしたんです。
というのも、今まではあえてジェンダーについてあまり語ってこなかったんですよ。サイボウズが掲げる「100人100通り」の考え方と相反するように感じていて。多様な人がいる中で、性別などの属性で分けたくなかったんです。
ただ、ご指摘をいただいたとき、サイボウズの中で本当に男女差別が起きていないかと考えると、いや怪しいぞ、と思ったんです。
鮫島
たしかに、性別などでカテゴライズすることは「100人100通り」の考えと相反する部分がある反面、数字などのデータをみて初めてわかることもありそうですね。
青野
そうなんです。少し前まで、サイボウズは規模が小さくて統計を取りにくかったんですけど、今は1000人以上になって、あらためて統計を取ってみようか、みたいな流れになりました。
鮫島
今みえてきている課題とかってありますか?
青野
権限と給与には、男女差がありますね。たとえば、本部長は男性比率が高いですし、ちょっと権限が上がってきたときに、男女で給与の差が生じる傾向もあります。
いわゆる「ガラスの天井」が残念ながらサイボウズでも存在する、と推測されています。これは、資質や実績があるのに、女性やマイノリティが昇給しにくいことを意味します。ここを改善していこうといった流れが出ています。
鮫島
なるほど。仮に「ガラスの天井」が存在するとして、根本的な課題はどこにあるのでしょう? そもそも、社内では権限のある役職に立候補する女性が少ないですよね。
青野
うんうん。
鮫島
それってなんでだろう? って考えてみたんです。おそらく、妊娠・出産などのライフイベントがあったり、「女性が家事をするべきだ」という固定概念が残っていたり……。
どうしてもそういった背景の影響があるのかなと感じます。
青野
まさに。背景を踏まえた上で、女性が働きやすい環境を作ることはとても重要です。ざっくり人口の半数が女性なのに、この人たちが働きにくい状況で生産性が上がるわけないだろ、って。
人口の半数が、働きにくい構造になっているのは、当事者にとっても社会にとっても、相当なダメージですよね。
そういう背景まで踏み込んで変えていかないといけない。「やりたくないと言っているのでやらせていないだけです」みたいなのって、社会変革的にいうと言い訳がましいですよね。
鮫島
たしかに。ただ、そのような背景まで踏み込んでいこうと思うと、会社ができることって何なんだろう……と考えてしまいます。
青野
一社でできることは限られてくるかもしれませんが、できることはあると思います。たとえば、社内の取り組みや発信を通してリーダーシップを発揮するとか、やり方はいくらでもあります。社会ごと変えにいきたかったら変えにいけばいいわけです。
特にサイボウズの場合は「チームワークあふれる社会を創る」を理念として掲げているので、もっともっと社会に対してリーダーシップを発揮していきたいと、僕は思っています。ただ、今の段階では全然できていないと言わざるを得ないですね。
鮫島
サイボウズ社内外での挑戦やこのような記事が、どんどんリーダーシップにつながっていくと良さそうですね。
青野
おっしゃる通りです。それらを通して僕らも学びを得て、他の会社を動かし、場合によっては政策提言もする。社会に対して物申していくところまでやって、ようやく一人前だと思いますね。
「自分ごと化」して視点を変えてみる
深水
ただ、ジェンダーの問題って「今までそこまで意識しなくても会社はやってこれたし、考える必要性がわからない」という声もあるのかなと思っていて。
「なぜ、新たにややこしそうな領域に踏み込まなきゃいけないんだ」とリスクを感じるのではなく、選択肢を広げるための一歩と考えるには、何から始められそうでしょう?
青野
おっしゃる通り、ジェンダー問題を重視している人は少数ですし、それは選挙の結果などをみればわかりますよね。
この状況を変えていくためには、各個人がこの課題を自分ごと化する必要があると考えています。そこを意識して、あのnoteでは「日本の給与水準って20年上がっていないんだぜ」という論点に着目しました。
深水
たしかに。読み手としては、給与の話が出てくると、ジェンダーの話が一気に自分ごと化すると思いました。
青野
あくまで給与は一つの例えですが、自分の給与がなかなか上がらないのは、元をたどればそのあたりに課題があるからじゃないの? と自分ごと化してみる。
すると、あまり重要ではないと思っていたジェンダー問題が、結局ぐるっとまわって自分に返ってきてしまう。このことに気づいてもらいたかったんです。
深水
なるほど。そう考えると、ジェンダーって社会にとって本当に重要な課題ですね。
青野
たとえば、ニュージーランドは総理大臣が女性だし、出産中は代行をたてながら行政をまわしている。それでいて、賃金水準はいつの間にか日本の水準を超している。
ジェンダーに限らず活躍できる人を増やすと、社会の生産性はあがるんだと痛感しました。
深水
日本の何十年も先をいっている気がします……。
青野
属性に関係なく優秀な人が活躍できる社会にしないと、各個人にとって不利益なんです。ここを乗り越えると経済の生産性はより高まると思います。
僕自身のOSは古いまま。でも、日々葛藤しながら、アップデートしている
鮫島
ちなみに、青野さんは日常生活の中でジェンダーや性差について考えることってありますか?
青野
それでいうと、妻の妊娠ですね! お腹の膨れ上がり方とか、出産の壮絶さとか、すごい衝撃で。性差ははっきりある、って認識できました。だって、僕はどうやったって妊娠できないんですから。
鮫島
たしかに、圧倒的な違いですよね。
青野
あとは、子育てしている中で、よりジェンダーについて考えるようになりました。僕自身が男兄弟なので、息子のことは想像しやすいというか。たとえば、息子が壁に激突する遊びをしていたら、男の子ってそういう感じだよねって。
深水
なるほど。娘さんはどうでしたか?
青野
それが、娘も息子と同じように、壁に激突して遊んでいたんです(笑)。もうね、噛むし殴るし、そのときは女の子なのに!? みたいな感じですよ。
娘がおしゃれに目覚めて「このおむつの柄は嫌だ!」って拒否されたときは、女の子だな、とは思ったんですけどね。
鮫島
これまで抱いてきた男女に対するイメージとギャップを感じたんですね。
青野
そうそう。なので、「男の子だから」「女の子だから」って言葉を使わないようにしています。
「女の子だから殴るのはやめなさい」じゃなくて、「殴ると痛いからやめなさい」って。子どもにジェンダーの偏見を植えつけてしまわないように気をつけています。
鮫島
属性に関係なく、それぞれの個性を伸ばすとか、そんな育て方や接し方が増えると、「こうあるべき」も少しずつ減っていきそうですね。
青野
僕もそう思います。一度ついてしまった偏見って、なかなか取り除けないじゃないですか。だから、次の世代にジェンダーにまつわる偏見を引き継がないことが重要だと思います。
とは言いつつ、僕自身OSはまだまだ古いままだから、日々葛藤しつつも、パッチワーク的に、育児休暇とってみたり、いろいろ試して今の世代についていこうと頑張っていますね(笑)。
深水
OSをアップデートしようとされているんですね。
青野
あと、僕の両親が比較的やわらかく、彼らの価値観を押し付けることなく育ててくれたおかげで、わりと柔軟に物事を考えられるのかもしれないので、ここは自分も意識したいなと思っています。
深水
なるほど! 子どもたちが自分の生き方を柔軟に選べるように、会社の上の位にいる人たちが「ジェンダー問題を解決して、社会の土台を作っていく」って考えるのも、自分ごと化する手段の一つかもしれないですね。
うまくいかなくても、せめて自分で納得できる選択をしたい
青野
価値観を押し付けないことは大切ですが、いまだに「こうあるべき」の呪縛は多く残っている気がします。
その呪縛から解放されたら、自由に選択できるようになるんですけどね。ただ、選択肢が増えることで「自立」という問題が生じるので、これは新たなめんどくささかもしれません。
鮫島
「自立」ですか?
青野
たとえば、メニューが1個だったら選ばなくて済みますよね。でも、メニューが増えると自分で選ばなくちゃいけない。自分で選んだからには、そこには責任が伴います。
深水
「あらねばならない」に従っていれば、新たな責任を背負わずに済みますもんね……。そこに隠れたメリットを感じている人にとっては、選択肢が増えることを生きづらさだと感じる場合もありそうです。
青野
ただ、みえにくいですが自分で選んでいないものにも責任は伴うんですよね。うまくいかなかったときに、国や制度を責めても誰も何もしてくれない。であれば、せめて自分で選択して納得感は持ちたいですよね。
深水
たしかに。誰もが主体的に生きられるといいですよね。
青野
はい。主体的に生きる人が増えると、会社のあり方や事業モデルもどんどん変わると思います。社長の僕が言ったって聞かないような人が増えるわけだから(笑)。
鮫島
主体性が生きるような事業モデルだと、どんどんクリエイティブなアイデアも生まれそうですね。
青野
まさに。少品種大量生産は、新しいアイデアを考える必要がないので、これまでの事業モデルで問題ありませんでした。
でも、主体的な人たちで稼ごうと思ったら、多品種少量生産にシフトしていくことになるので、経営者はビジネスモデルチェンジしないといけなくなる。それができていない会社が日本には多いから経済が衰退している、みたいなところもありますね。
鮫島
なるほど。各個人の主体性が、経済に直接影響を及ぼすんですね。
青野
一見つながっていないようにみえて、ジェンダーと経済は密接しています。
自分には関係のなさそうなことも、一人ひとりが自分ごと化して考え、行動に移すことで社会は前進していくと信じています。
企画・編集:鮫島みな、深水麻初/イラスト:マツナガエイコ
変更履歴:より具体的な内容が伝わるようにタイトルとアイキャッチを変更いたしました。(2022/1/31 15:50)
変更前:「ジェンダーより経済のほうが大事」は危ない? サイボウズ青野に聞いてみた
変更後:「お前のところはどうなんだ」で始まった社内点検──うちにも男女の賃金格差ありました
サイボウズ式特集「多様性、なんで避けてしまうんだろう?」
ここ最近、よく耳にする「多様性」という言葉。むずかしそう、間違った言動をしそうで怖い——。そんな想いを抱えている方もいるのではないでしょうか。サイボウズでも「多様性」を大事にしていますが、わからないこともたくさんあります。この特集では、みなさんといっしょに多様性の「むずかしさ」をほぐし、生きやすく、働きやすくなるヒントを見つけられたらいいなと思うのです。