広い心をもって耳を傾ける組織こそが、「変化への恐怖」を乗り越えられる
新型コロナウイルス感染症の広がりによってもたらされた変化によって、わたしたちは、社会の環境が「どれほど脆弱であるか」を思い知らされました。
しかし、こういった「変化」が起こるたびに、適応できる人と、変化を拒否する人との間で大きな亀裂が生じます。適応できる人の中には、新しい現実に立ち向かうために、誤った情報や感情の高まりに、うまく対処しようとしている人もいます。
なぜ人々は変化に抵抗するのか。変化する環境下で人が抱く心理的影響と、複雑に変化するグローバルな状況に適応するために、企業は何ができるのか。組織の回復力と適応力はどう育てればいいのか……。
組織論の専門家であり、カナダウエスト大学のMBA教授であるイーライ・ソーポー博士に、サイボウズ式編集部のアレックスが聞きました。
※この記事は、Kintopia掲載記事「You Can't Step Into The Same Workplace Twice: Understanding and Embracing Change at Work」の抄訳です。
未知に遭遇した時の無力感
人間は確実性や予測可能性を好む性質があり、異質なものやパターンが崩れることを恐れます。
心理学的な構成概念としての恐怖には、よく「無力感」と「未知の感覚」という2つの要素があると言われます。何が起こるか予測できず、手も足も出ないような状況です。このような状況下では、小脳扁桃と呼ばれる脳の一部が反応し、「危ないぞ」と警告します。
昔の人間は、この反応によって野生動物から身を守っていました。しかし現代人が恐れているのは、オフィスに出没する熊ではなく、会社の方向性や目的が見えにくいことです。わたしたちに生じる「この仕事の意味は何だろう?」「目的は何なのか?」「この仕事は本当にいまやるべきなのか?」といった問いが、恐れにつながっています。
職場で起きているような、自分でコントロールできない変化に恐怖を感じるのは、自然な反応なのです。
恐怖を感じると、ほとんどの人は立ち向かうか、逃げるか、または動きを止めてしまいます。なんとか状況をコントロールする力を手に入れて、恐怖を取り除こうと立ち向かうのは、なかなか興味深い反応です。
コロナ禍で活発に行われている抗議活動はその一例です。状況が手に負えなくなると、脳はパニックに陥ります。独自に情報を作り出して、情報と理解の不足を補おうとする人もいます。アメリカでよく言われる「フェイクニュース」(偽の情報)はその現れです。 恐怖を感じている人は、偽の情報にかなり惑わされやすくなります。
「壊れてもいないものを直そうとするな」という有名な英語のことわざがありますね。 ビジネスモデルが単純明快で外的要因によって利益が決まるなら、おそらく変化はあまり必要とされません。
ただ、ここ10年ほど多くの企業で、社員のモチベーションやエンゲージメントといった内的要因を改善しようという動きが活発になっています。社員にパワーを与え、高い意欲を保てるように支援する大きな変化が起きているのです。
わたしはこれをPower、Pride、Profitの頭文字から「3つのP」と呼んでいます。名前、肩書、与えられるオフィスの広さなどは、Powerを表します。Prideは自分の仕事、チーム、会社を気に入っているかどうかです。仕事から得るものがProfitですが、金銭報酬はもちろんのこと、研修や新しいスキルなども含まれるようになってきました。
企業が3つのPに力を入れるようにシフトしてきたのは、存続がかかっているからです。優秀な人材を集めるには、魅力ある職場環境が必要で、それには変化が不可欠です。企業が社員に提供する3つのPを増やせば、進歩的なよい変化が起きます。
でも、こうした変化が社員から3つのPを奪ってしまう場合には、注意が必要です。たとえば新しい社員が入社すると、以前より自分の評価がさがったと感じる社員もいます。社員を交えずに変化を起こすと、コントロールを失ったと感じた社員は、変化に恐怖を覚え、反発が生まれます。
変化の人間的側面を理解しているか
実はちょうど今日、大企業の経営者とビデオ会議があって、パンデミックに伴う大きな変化にどう対処してきたかを話し合っていたんですよ。
もっともスムーズに在宅勤務に移行したのは、変化の人間的側面を理解している企業です。犬は吠えるわ、5歳の息子が足にまとわりついてくるわで、寝室の片隅で仕事をせざるを得ない社員がいたら、勤務時間の調整が必要だろうと理解し、コミュニケーションと生産性を確保するために適切なテクノロジーとサポートします。つまり、社員が抱える「人間としてのニーズ」に応えようとします。
逆に「Zoomに接続できれば、それでOK」という企業は苦戦しています。
答えは単純ではありません。企業はコア・バリューを見つめ、社員の声に耳を傾け、コミュニケーションを取り、新しい環境下でも確実に社員を公平に扱う必要があります。企業は、社内の職場環境と外部環境を一致させる大きな責任を担います。外部環境に合わせて内部のプロセスを適応させ、仕事の満足度、意欲、説明責任を担保し続けなければいけません。
社員の視点から考えると、マネージャーが必要だと考える以上の変化を要求する社員は常に存在します。時には性急な昇進、過剰なまでの研修や福利厚生の充実など、利己的な要求もあるでしょう。
率直なコミュニケーションを継続して、何が実現可能で、何が実現不可能なのか、互いの認識を合わせることが大切です。社員としては組織全体の複雑性を考慮に入れて、自分の期待値を加減する必要がありそうです。
情報を武器に恐怖と戦う
よい質問ですね。複数の調査結果によると、最近の社員は企業のCEOに対して、これまでになく高い期待を寄せています。社内の出来事について「直接語ってほしい」と望んでいるんです。変化への恐怖心をやわらげるには、職場のコミュニケーションが中心的な役割を果たします。
どんなコミュニケーションでもよいわけではありません。社員とうまくコミュニケーションを取ろうとすると、たくさんの落とし穴が待ち受けています。流行語、図表、複雑な専門用語を多用している企業はコミュニケーションがうまくいっていません。
よいコミュニケーションを考えるとき、わたしが使っている略語がESP(Emotional、Simple、 Personal)です。
Emotionalとは発せられるメッセージを社員が実感し、共感できること。Simpleとは数式、統計、複雑な概念を使わないこと。そしてPersonalとはメッセージの受け手は、そのメッセージが個人、チーム、組織全体に与える影響を理解したいのだ、という意味です。
ESPに基づいたコミュニケーションを取れていない企業はたくさんあります。
そこに危険が潜んでいるんですよ。MBAの教え子には「みなさんが書いた文章を読んで、読み手の心にイメージが浮かんでこなかったら、それは単なる言葉の羅列でしかない」と常に言っています。
読み手がイメージできるようにメッセージを伝えられなければ、読み手は自分の頭で足りない情報を補おうとします。脳はあいまいさを嫌うので、そこに意味を見い出そうとします。人によって見出した意味が異なると、ミスコミュニケーションが起きます。
環境や社会の変化に企業は対応すべきか
世界中から人が集まるカナダの企業でも、ミスコミュニケーションはよく起きます。信じられないほど多くの言語、文化、宗教が入り混じっているので、非常に明確にメッセージを伝えなければ、全員の足並みがそろう望みはほとんどありません。
コミュニケーションは単純な仕事ではなく、それに長けた人はなくてはならない存在です。多様性や文化によって、異なる意図や期待のギャップを認識できる人も必要です。カナダ人のわたしが東京に行って、周りがカナダ式のやり方に従ってくれると期待してもどうにもなりません。
カナダは多文化な社会でありながら、歴史をはじめ、共通して大切にされている法律や理念、価値観が存在します。またバックグラウンドを問わず、みんなが合意している基本的なルールもあります。こうしたルールの外では、多様性は広く認められています。
ただ許容範囲の線引きが難しく、線引きの基準が変わることもあり、一筋縄ではいかないトピックです。たとえば、企業がよりインクルーシブになり、女性や異なる民族を受け入れる重要性を意識し始めるような転換は何度も起こっています。価値観とルール、また多様性の尊重のバランスをどう取るかは各組織が決めることなので、これ以上に具体的な話をするのは難しいですね。
※:「エデルマン・トラストバロメーター」は、コンサルティング会社のエデルマンが世界28カ国の地域で実施している信頼度調査。
わたしの知り合いには、企業の存在理由は儲けを出すことだと信じているCEOもいます。そもそも儲けが目的でないなら、企業ではなくNPOや社会奉仕に従事しているでしょう。
とはいえ、コロナが収束を迎えようとしているいま、社会の意識が変化し、企業の社会活動への期待と要求も高まってきています。これを受けて企業にも変化があり、いまでは環境保護や安全でよい社会を目指す素晴らしい施策が打ち出されています。
つまり今の企業に求められているのは、必要最低限の活動だけではなく、どんな価値観を取り入れ、社会でどのような活動を展開したいかを積極的に示すことなのです。
「広い心」で変化を上手く乗り越える
二度と戻ることはないでしょう。わたしたちはコロナ前とは別の人間になっています。今回の会話を通して、わたしとアレックスさんも会話を交わす前とは「別人」になりました。変化を経験するたびに、脳の神経結合は変化しています。
古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは「同じ川に二度入ることはできない」と唱えました。 これは常に流れて変化しているのは川だけでなく、わたしたちも常に変化していることを表しています。
コロナ禍で培った知識や経験があるので、もうコロナ前の働き方には後戻りはできません。そこで問われるのは、これからどんな変化が訪れるのか、その変化を受け入れる覚悟ができているかです。
人間とほかの動物の違いの1つは、「人間が未来に思いを巡らせること」です。わたしたちは5年、10年、そして100年先の未来でさえ想像できます。長寿で知られる亀でも人間には敵いません。この予測能力は不安を引き起こしますが、人類がいままで生き延び、進化を続けてきたのもこの能力のおかげです。
おっしゃるとおりです。人間はこれから起きることを想像し、さまざまな未来図を頭の中で描いたり、設計したりしています。
ただ、最終的にこの2つは表裏一体なのです。人間は不確実性を恐れるからこそ将来に思いを巡らせ、想像してあれこれ計画します。そして、計画を立てたことで安心や希望を抱きます。
その問いに対しては、数々の実証的研究がはっきりとした回答を示しています。それは「広い心をもって耳を傾ける」ことです。自分の思い込みや憶測を挟まずに社員、顧客、世間などの声に耳を傾けなければいけません。そして、その知恵を持って組織として何ができるか、この先どんな道を歩むかを自問するのです。
社会全体を通して、わたしたちは十分に耳を傾けているとは言えません。
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執筆
撮影・イラスト
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。
編集
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。