入社したばかりだから、経験が少ないから、スキルが足りないから、職場で「弱い立場」にいるから。そんな言葉が浮かんで、自分の意見はあるのに、発言できないと感じている人もいるのではないでしょうか。
自身が「弱い立場」に置かれたとき、その環境を変えていくことはできるのでしょうか。そもそも強い立場と弱い立場とはなんなのでしょうか。
この疑問を、株式会社ZENTech 取締役 石井遼介さんに伺いました。
※「心理的安全性を高める行動とは」をテーマにした記事はこちら→「多様な意見を「秒でジャッジ」って傲慢じゃないですか? 石井遼介さんに聞く心理的安全性の高いチームのつくりかた」
強い立場とは、交渉が物別れになっても困らない人
木村和博
そもそも組織における「強い立場」「弱い立場」をどのようにとらえればいいのでしょうか?
石井遼介
交渉の場面を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。
強い立場って、要望が通せる側であり、その交渉が物別れに終わっても困らない側なんですよね。いつでも交渉から降りられる人であるとも言えます。
石井 遼介(いしい・りょうすけ)さん。株式会社ZENTech 代表取締役。一般社団法人日本認知科学研究所理事。慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員。東京大学工学部卒。シンガポール国立大経営学修士(MBA)。行動分析の研究者として組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発するとともに、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。著書に『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)、監修書に『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社)。(提供写真)
石井遼介
たとえば、誰かに仕事を依頼している状況で「じゃあ別の人に頼むよ」「もう担当してもらわなくて大丈夫ですよ」と相手に言えてしまう場合は、強い立場と言えるのかもしれません。
木村和博
依頼を受ける側としては、その仕事の担当から外れることで「周囲からの評価にも影響が出てしまうかも」と思ってしまいそうです……。弱い立場ですね。
石井遼介
でも実際には、流動的な側面もあるんです。
木村和博
どういうことでしょう?
石井遼介
いわゆる中間管理職は、部下もいれば上司もいますよね。部下から見ると強い立場かもしれないですが、さらに上司との関係性においては弱い立場にもなり得る。
ちなみに、社長になれば完全に強い立場になれるとも限りません。
木村和博
詳しく教えてください。
石井遼介
私は代表取締役として会社を経営していますが、たとえば社員全員に「会社を辞めます!」と言われたら、なす術がありません。もっと大きな会社になれば株主や大口顧客などのステークホルダーとの関係性もあると思います。
そう考えると、実は誰しもが局面によっては弱い立場になるんです。
より交渉から降りづらい状況の人もいる?
木村和博
組織における強い立場、弱い立場は明確にはわかれず流動性がある。納得します。
ただ、より交渉から降りづらい状況の人もいると思います。入社したばかりの人や自身のスキルが足りないと感じている人とか。
石井遼介
たしかにそうですね。そこで「どんな人でも交渉のカードは、実は自分の手元にもっている」と考えてみてはどうでしょう。
たとえば、ある会社で働いている場合、そこで働く意思決定はしているわけですよね。極端ですが、経済的な余裕があれば、その会社で無理に働き続ける必要はない。「会社を辞める」「仕事を断る」というカードは常にみなさんの手元にあるわけです。
木村和博
たしかに、人手不足の会社の場合、「辞められたら困る」のでわかりやすく強い立場ではないかもしれません。とはいえ、「経済的な余裕がない」「他者とのつながりが少ない」「自分にはまだスキルがない」と考えている人は、会社を辞める選択肢を選びづらいように思います。
石井遼介
さまざまな事情が重なって弱い立場にいざるを得ない状況はたしかにあると思います。そこには会社組織単位だけではなく社会全体でのサポートも必要です。
その前提はありつつ、考えてみてほしいのは、選択肢がないと最初から思い込んでいないか、という視点です。
木村和博
選択肢がないと思い込んでいる……。はっとしました。さらにいえば「選択肢がないと思い込まされている」とも言えるのかもしれません。
「私は今〜と考えてしまっている」で、思考を身体から離す
深水麻初
私からも質問していいでしょうか。
社会人2年目なのですが、どうしても自分の意見を伝えるハードルが高いと感じてしまいます……。まずは、なにから始めるのがいいでしょうか?
石井遼介
自分の中に湧き上がるネガティブな思考を真に受けすぎないことでしょうか。
深水麻初
真に受けすぎない?
石井遼介
人って、意見や考えがあったとしても、実際に発言するまで、自分自身の中でいろいろと考えてしまいますよね。「こんな発言をしたら仕事ができない人間だと思われるかも」とか。
私たちはそんなネガティブな思考を真に受けて、行動そのものを止めてしまいやすいんです。私はこれを「思考=現実」現象と呼んでいます。
もしネガティブな思考が湧いたら、「私は今、〜と考えてしまっている」と言葉にしてみてほしいんです。
深水麻初
「私は今、『こんな質問を伝えたら、面倒くさいやつと思われるかも』と考えてしまっている」というように?
石井遼介
はい。そんなふうに考えると、すこしだけかもしれませんが、思考と行動の距離をとることができます。「今の自分の思考はこうだけど、それはそれとして、どう行動しよう」と考えられる。
つまり、自分の思考に気づくことで、行動の選択肢が生まれるんです。たとえば「弱い立場だから、とても言えないなあ」という思考に行動を制約され、そこで考えを止めてしまうのではなく「……と考えてしまっているな。どう伝えたら受け止めてもらえそうか、ちょっと言い方の工夫を考えてみようかな」のようにです。
木村和博
自分の頭の中だけで考えていたことを、一度外に出して眺めてみるのですね。
たしかに、カギ括弧で思考を取り出してみるだけで、自分の身体から離れたものとして眺めやすくなりそうです。
小さな関係から発言しやすい環境をつくる
石井さんが監修を務める『心理的安全性をつくる言葉55』(著:原田将嗣、出版:飛鳥新社)には、組織の心理的安全性を高める具体的な言葉が掲載されている。
木村和博
職場において、さまざまな立場の人の意見が大切にされる環境をつくるはじめの一歩として、できることはあるのでしょうか?
石井遼介
いくつか方法があります。
ひとつは小さな関係から発言しやすい環境をつくることです。普段やりとりが多い同僚や近しい人と、1対1、1対2の関係からはじめてみるのはどうでしょう。
具体的には「枕詞をつける」というやり方があります。たとえば「ちょっとした思いつきなんですけど」「まだうまく言葉にはできないんですけど」と共有する。
木村和博
どのくらいの温度感で発言を受け取ってほしいのか、枕詞で共通認識をつくるのですね。
石井遼介
また自分より強い立場の人、上司に、ポジティブなフィードバックや感謝を伝えることも、始めやすくて効果的です。
つい上司には「上司なんだから、当然もっとこうすべき」と、上司の改善してほしい部分だけに目を向けてしまいがちですが、そうではなく、「あの声がけのおかげで、プロジェクトが進みました」などと、もっと増やしてもらいたい、助かった行動に感謝を伝えてみる。
木村和博
なるほど! 上司のなかにいる「小さな仲間」=「プラスの側面」を探してアプローチしていく、と!
石井遼介
はい。そうすることで組織内のコミュニケーションがいい方向に前進することがあります。組織にポジティブな作用を生み出そうとする仲間のような感覚も育まれやすいのではないでしょうか。
深水麻初
小さな関係から仲間を増やしていくことで、結果的に発言しやすい環境に近づいていくのですね。
NGワード集を集め、組織を変えていく
木村和博
表向きは「さまざまな立場の人の意見を大切にする」と掲げていても、実際は社歴の長い人の考えや意見が通りやすい組織もあるように思います。
新しく入った人が何か意見を出しても、「いや、うちの会社はこうだから」と返されて終わってしまうような。そういう環境は変えていけるのでしょうか?
石井遼介
せっかく外から入って来てくれた人の意見をいかせないのはもったいないですよね。
私が知るケースとしては「どんな言葉を言われて、やる気をなくしたか」という社内アンケートを取るプロジェクトを行っている会社があったんですけれど。これは効果的だったようです。
木村和博
やる気をなくした言葉を聞く。興味深いですね!
石井遼介
実際の回答では「もっとよく考えてからアイデアを出してこい」と言われてしまった、などの回答があったそうで。
木村和博
ああ……。
石井遼介
そういったNGワード集を共有すれば、組織に長く在籍し、強い立場にいる人も、「なるほど、こうした発言は良くないんだな」と気づけるのではないでしょうか。特定個人をやり玉にあげるのではなく、組織の共有知として「こういったNG言葉を、OK言葉に変えていこう!」という進め方ですね。
木村和博
特定の個人にアプローチするのではなく、組織全体でNGワードを共有して考えてみる。それによって結果的に各個人が変化していく可能性があるのですね。
ノウハウに逃げていないか?
木村和博
今日の話を聞いたことで、携わっている組織でなにができるのか考えて実践できそうです。
石井遼介
最後にひとつだけお伝えさせてください。
組織内の関係性がよくない状況はさまざまな形であると思います。それらを客観的に見て「ストレートに対話すれば解決するのでは?」と思うことがあります。
人はどうしても、うまくいっていない相手と対話するのが怖い。だからこそ、対話をせず代わりにいろいろなノウハウを探し始めてしまいます。
でも「本人と直接、丁寧に話せば意外とすぐに解決する」場合もあります。ベストな解決策を模索するとか、制度設計を考えるとかではなく、まずは話をしてみませんか。
もちろん対話ですべてが解決できるわけではないと思います。ただ本来、会社や組織という同じ船に乗る仲間なのであれば、ぜひ思い切って話をしてみるという選択肢も大切にしてほしいです。
企画・取材:木村和博、サイボウズ式編集部 執筆:多田 慎介 編集:木村和博