同じ歳で、同じ大阪大学に通い、同じ下宿先で暮らしていた毎日放送(MBS)アナウンサー・西靖さんとサイボウズ代表の青野慶久。ふたりにはもうひとつの共通点があります。それは、3人の子どもがいる親として「男性育休」を取得したこと。
前編では、ふたりの30年のキャリアをふり返り、50代のあり方を考えました。後編では、それぞれの男性育休の経験から「誰もが育休をとりやすい組織をどうつくるのか」をテーマに対談しました。
キャリアへの不安から「おそるおそる育休」そして自信喪失
青野
西さんのところは、いまお子さんが……?
西
2歳、5歳、7歳です。
青野
大変なときですね。うちも構成が似ていて、2歳差、3歳差の3人きょうだいです。
西
青野さんが最初に育休をとったのはいつですか?
青野
長男が生まれた2010年の夏ですね。
西
早いですねえ。周りに男性育休を取得している人、いなかったでしょう? 先見の明がある。
青野
僕も昭和生まれなんで、育休に関しては先見の明があったわけじゃなく、「男性が育休?」って感じでした。まさにこの本のタイトルのまんま、『おそるおそる育休』でしたよ。ご著書、共感することも多く、すごくおもしろかったです!
西さんの著書『おそるおそる育休』。2021年に3人目の子どもが生まれ育休を取得した西さんのリアルな体験が綴られている
西
付箋がたくさん! ありがとうございます。
青野
西さんは2023年、3人目のお子さんが生まれて育休をとったんですよね。
西
はい。育休をとった理由はいくつかあるんですけど、大きいのは「たまたま暇な時期だった」ってことですね。情報番組「ちちんぷいぷい」や報道番組「VOICE」など、ずっと月~金の帯番組を担当していたんですが、三男が生まれる少し前にそれが終わってしまった。つまりキャリア的にもとりやすいタイミングだったんです。
西 靖(にし・やすし)。1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。情報エンターテインメント番組「ちちんぷいぷい」メインパーソナリティ(2006~2016年)、報道番組「VOICE」(2014~2019年)、「ミント!」(2019~2021年)のキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長、相愛大学客員教授
西
あとは正直、アナウンサーという人前に出る仕事をしている立場で男性育休をとることが、社会的なメッセージになるのでは? という想いもありましたね。
青野
僕も文京区長に「育休とったらメディアが取材に来て、会社の宣伝になるよ」って言われて(笑)。社会的波及効果への期待がなかったらとってないと思います。とはいえ正直、めちゃくちゃびびってました。
西
会社の社長であり、バリバリのスタートアップで働き盛りの30代でしょう? 僕以上に「おそるおそる育休」でしたよね。
青野
最初の育休はたったの2週間で、もはや夏休みレベルなんですが(笑)。それでも2週間後に会社に戻ったら僕の席がなかったらどうしようって怖かった。社長なのに。自分で思い返してもアホだなって思うんですけど、会社を離れる概念がなかったんで。
西
離れてみてどうでした?
青野
もうね、2週間後には自信喪失ですよ。育休をとる前は「多少は仕事できるだろう」「なんなら読書もしたいな」なんて思ってたけど、とんでもない。実際は自分の睡眠すら十分に確保できない。離乳食を食べさせるのに毎日必死で。
西
うんうん、わかります……!
青野
その間もね、グループウェアから会社の情報が入ってくるんですよ。トラブルが起きてるのに、自分はなにも貢献できない。かといって、育児も上手にできない。完全に自信を失いました。あんなに落ち込んだことはないんじゃないかなあ。
西
それでも2人目も、3人目も育休をとられたわけですよね。
青野
育児に向き合う孤独感や大変さが身に染みたので、妻ひとりだけに任せることではないと思ったんですよね。それに育児を経験したからこそ、なぜ日本で少子化が起きているのかも腹落ちした。でもやっぱり育休をとるうえでキャリアの不安はあったし、勇気は必要でした。
職場を離れる不安を解消する「男性の時短勤務」のススメ
西
育休で職場を離れるのって不安じゃないですか。なにか工夫されたことはあります?
青野
2人目のときは、毎週水曜日に休むのを半年間つづけたんですよ。僕が土日と水曜の子育てを担当すれば、妻も週3日は休めるので、精神的にストレスが溜まりにくい。
西
メンタルのサポート、本当に大事ですよね……。
青野
3人目のときは、妻に「わたしが赤ちゃんを見るから、上の子2人を見て!」と言われたんで、朝保育園に2人を送って、16時に退社して、16時半にお迎えに行くっていうのを半年間つづけたんです。社長が一番に「お先に失礼します!」って帰ると。
西
社長が最初に退社する会社!
青野
育休で職場を離れるのが不安な男性におすすめなのは、時短勤務ですね。「休まなくていいからはよ帰れ」っていう。とくに2人目、3人目のときは相当いい。
西
ほう、どうしてですか?
青野
たとえば3ヶ月育休をとったとして、その間は子どもたちが健康で、育休後に病気になったらなんの役にも立たないですよね。それよりも、時短勤務を長くつづけるほうが、夫婦で役割分担しやすいと思います。
西
たしかに! うちの会社にも女性の時短勤務はいますが、男性の時短勤務はほとんどいないですね。
青野
男性側としてもキャリアに空白ができないので、ハードルが低いと思うんですよ。会社の人たちと毎日会えるから孤立もしないし、情報もキャッチアップできるし。
西
育休で新生児と向き合う時間は、女性だけでなく男性も孤立しますよね。痛感しました。
青野
育児から離れる時間も大事ですよね。その点においても、時短勤務はバランスがいい。「男性の時短勤務」は妻の発明だと思いますね。
西
なるほど、その発想はなかったなあ。
ぶつかり合って、子育ての修羅場をともに乗り越えた妻は戦友
青野
育休で大事なのは、ふたりで育児を分担することで、精神的なストレスをいかに軽減するかですよね。どちらかひとりで育児に向き合っていたら、おかしくなっちゃうんで。仕事でも、美容院でも温泉でも、息抜きできる時間を確保する。
西
僕が育休をとることの一番の意義は、育児を中心に担う妻の精神的なサポートにあったと思います。
青野
ほんとに。育休は家庭平和につながるんですよ。奥さまとのパートナーシップは、育休前後で変化しました?
西
僕ね、育休中、めっちゃ喧嘩したんですよ。
青野
はいはい。
西
基本おたがいに睡眠不足なので、ささいなことで水掛論になっちゃう。「もう俺がやるよ」「なにその言い方?」「いや、俺がやるほうが早いやん」「わたしができてないってことね」「そんな言い方してない」「してたやん」みたいな(笑)。
青野
うわあ、わかる! すごいわかる!
夫婦喧嘩のきっかけなんてね、しょうもないことなんですよ……トホホ
西
大人が2人いて、思い通りにいかないことが目の前で起きつづけたら、そりゃ喧嘩するよねっていう話で。育休後はね、毎日僕が朝ごはんをつくっているんですが、任せてもらえることも増えて、水掛論も減って、なんかね、しっくりきている感じがあります。
青野
期待を込めて言うと、もっとしっくりきますよ。だんだん間合いのとり方がおたがいにわかってくる。
西
僕ね、男性育休の家庭への効能として、熟年離婚の防止になると思ってるんですよ。育児という逃げ場のないところで「ぶつかり上手」になっておくと、熟年で2人だけになったときに、変に正面からぶつかってこじれたりしにくいんじゃないかと。
青野
わかります! 妻は戦友ですよ、いっしょに子育てという修羅場を乗り越えた。
西
戦友とは戦場では怒鳴り合うんですけど、乗り切ったら肩をくめるし、振り返ってがんばったなあと労り合えるんですよね。
青野
うちも「あのとき大変だったよね」って思い出すだけで、何時間でも語れますね。
“替えが効かない存在”であるからこそ、不在をチームで守る
西
今日ね、組織の育休取得という点で青野さんに聞きたいことがあって。僕らアナウンサーは、余人をもって代えがたい存在になりたいと思って仕事をしているんです。「このナレーションを西にやらせたい」と言ってもらいたい。
青野
そうですよね。
西
僕はいま管理職として、どのアナウンサーにどんな仕事をしてもらうかを決める立場にありますが、「この仕事をこの人にお願いしたい」って瞬間が、僕にも番組にもあるわけです。働く側にしても、誰でもいいからやってよ、という仕事よりは、あなたに頼みたいんだと言われたほうがモチベーションは格段に高い。働きやすい環境をつくって育休取得を勧めていくうえで、仕事の属人化にどう折り合いをつけていけばいいのか……。
青野
めっちゃ悩ましい! 実はサイボウズも、営業部だけは属人化が残りやすい部署だったんですよ。この人がいるから、このお客さんが使ってくれるという。でも個別にお客さんに対応していると営業部だけどうしても残業が多くて、ついには異動したいというメンバーも出てきた。
西
働きやすいと思ってサイボウズに入社してたのに、思ってたのと違うぞと。
青野
まさに。そこで営業部は、個人ではなく、チームでお客さんを担当する体制に変更しました。自分のお客さんを手放すことなく、自分が不在でもチームで対応ができるように。いまでは残業も減って、子育て中のメンバーも女性も多いですね。
西
なるほどなあ。個人を尊重しながらも、チームで補う。後につづく世代に「君の代わりがいくらでもいるわけじゃない。君は君だ。でも君が留守する間は僕らが守るよ」ってことを、どう伝えられるかですね。
青野
優しく頼もしいメッセージですね。
西
今度、育休から職場復帰する女性がいるんです。子どもが小さいうちは熱を出したりいろいろあるじゃないですか。だからこれまでは、そうした家庭の事情に対応しやすいようにと、育休復帰後の女性アナウンサーには1年間くらいはレギュラー番組をつけないっていうのがうちの会社では普通だったんです。でも彼女は「できれば復帰後、なにかレギュラー番組を任せてほしい」と言ってくれたんです。
青野
いいですねえ。
西
「育休後は大変だからレギュラー番組はつけない」と、こちらが決めつけないってことが重要な気がしています。時短勤務の人がいてもいいし、フルでレギュラー番組を担当する人がいてもいい。サイボウズが提唱している「100人100通りの働き方」に近いかも。
青野
それって、子育て世代だけでなく、あらゆる人が働きやすい組織をつくることにつながりますからね。
誰もが育休をとりやすい組織をつくるために
西
誰もが育休をとりやすい組織をつくるという視点では、今日はひとつ「男性の時短勤務」というヒントをいただきました。
青野
西さんのような管理職の人が率先してとってくれると、仕事をある程度任せないといけないので、下の世代の育成にもつながると思います。僕が時短勤務を半年やったときに、メンバーがいきいきしてたんですよ。16時以降、僕に代わって社長業ができるので。
西
社長は決断する機会も多いと思うんですが、リスクはなかったですか?
青野
多少リスクはありますけど、もしその決断によって手戻りが発生したとしても、翌日に対話をして回収できるし、実際になんとかなりました。復帰したらメンバーに「時短勤務のままでいてほしかった」って言われましたから(笑)。
西
まじですか!(笑)
青野
僕が時短勤務なので「重要な会議は16時までに入れる」っていうのが定着したんです。すると、ほかの時短勤務のメンバーも会議に参加できるようになったんですよ。僕がフルタイムだった頃は、平気で18時以降にミーティングを入れちゃっていたので。
西
育休をとってから、重要な会議が18時をまたがないことの重要性が身に染みてわかりますね。
「今日は晩御飯に梅干しを買ってきて」と妻に頼まれたのに、買っていけないことが、どれだけ妻のメンタルに、ひいては家庭平和に影響を及ぼすか……(遠い目)
青野
ほかにも、僕自身に変化があって。育休をとる前は「社長である僕じゃなきゃいけない」と勝手に背負い込んでいたんですよ。でも、僕が会社を離れている間になんとかしてくれたメンバーがいて、チームへの信頼が湧くと同時に、気負いを少しずつ手放せた。
西
自分の仕事を任せられる人がいるってことは支えになるし、寂しいっていうより、楽になりますよね。
青野
まさに。アナウンサーは属人化が強い職業だと思いますが、番組で「今日は担当の○○アナは子どもの熱で早退したため、わたしが代わりに担当します」とかあってもいいと思うんですよ。
西
それね、実は社内で提案したことあるんです。うちの夕方の番組は15時半過ぎから19時までで長いんで、保育園のお迎えがあるアナウンサーは17時までとかにしたらいいんじゃないかって。
青野
めちゃくちゃいいですね! いまの時代、好感度と視聴率が上がると思います。
西
働きやすさを示すリクルート戦略にもなりますよね。
青野
男性も「いまから子どものお迎えなのでお先に失礼します」とか番組で言ったら、めちゃくちゃかっこいい! その番組を観られる日を楽しみにしています。
企画・編集:深水麻初 執筆:徳瑠里香 撮影:高橋団
サイボウズ式YouTubeで取材の様子を公開中