これからの時代を生き抜く学び方――GIANT KILLINGに見る変化に強いチームの作り方
考えてみると、会社は社員に対して「学び」の機会を多く与えています。よくある「新人研修」のような社員それぞれの役割や職歴に応じた研修プログラムもあれば、現場で上司や先輩、同僚を通じて仕事のやり方を学んでいくオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)、実際に任された仕事を進めていく中で、本人が成長をしていく過程も重要な「学び」です。
個々の従業員の「学び」は、企業という組織の成長や発展に必須の要素となります。しかし、旧来の会社組織を支えていた終身雇用という前提が崩れるなか、組織の成長のために必要となる「学び」の姿にも、変化が求められているようです。
題材とするマンガは、講談社「モーニング」で連載中の「GIANT KILLING」(綱本将也原案、ツジトモ作、以下「ジャイキリ」)。法政大学キャリアデザイン学部准教授の梅崎修先生と、ジャイキリを読みながら考えてみましょう。
「学び方を学ぶ」重要性
ジャイキリでは、監督の達海が選手たちにちょっと奇抜な練習をさせるシーンが出てきます。たとえば、158話(17巻)では、メンバーのいつものポジションを入れ替えて練習試合をさせています。達海自身は、そのことで選手たちに「何を教えたいのか」について、ほとんど説明をしません。
実はスポーツを題材にしたマンガや映画ではよくあるパターンです。最終的に意味がある練習や謎の特訓でも、やらせる側は最初にその意味について教えないのが定番ですね。ジャイキリでは『理由を告げずにいきなりヘンなことをさせる』というのが、達海のキャラクターの一部になってますね。
それが原因で選手から不満が出たりするんですよね。ストーリーとしては盛り上がりますが、現実的には、もうちょっと論理的に意図を説明することで誤解を防ぐようなやり方をしたほうがいいかと思ったり……。
あながちそうとも言い切れないんですよ。実は達海のやり方には、頻繁に変化する組織での『学び』のヒントがあるんです。それは『学び方を学ぶ』という視点です。
いわゆる学校の教育では、その人が考え、答えを導き出す基礎中の基礎となる「知識」を教えることに大半の時間が割かれます。達成度を測るテストの「問題」には対となる「答え」があり、それを正しく導き出すことが求められるわけです。しかし、実社会で起こる問題には、一対の「答え」などほぼありません。さらに、変化のスピードは速くなっており、前にうまくいったやり方が今回は通用しないといったことも増えてきます。
変化のスピードが速まれば速まるほど、一対の答えを出す『知識』ではなく、汎用的な『学び方』を身につけておく必要性が高まってきます。でないと状況に適応できなくなってしまう。実はジャイキリの中ではそのための示唆が、かなり頻繁かつ細かく描かれているんです。
視点を変えて「気づき」を待つ
梅崎先生によれば、大きなヒントとは「俯瞰の視点を与えること」だそうです。
メンバーのポジションを変えてプレーさせる話(158話、17巻)や、試合に出場していない選手が、スタンドから試合を見て、ピッチの選手に向けたアドバイスをプラカードで出すエピソード(168話、18巻)がそうです。このあたりは一貫して『俯瞰の視点で仲間のプレーを見る』ことで『何かに気づく』ことの大切さが描かれています。
「気づいていない状態」は自分単独の視点、つまり狭い視野でしか物事を見ていない状態ともいえます。ジャイキリでは視点そのものを半ば強制的に変化させることで、本人に「何かを気づかせる」描写が多くあります。この気づきによって、本人は一気に成長します。「視点の変化」や「視野の広がり」によって、全体の状況に気づくことが「学び方を学ぶ」上で大切な要素というわけです。…でも先生、それって実際の組織の中でやろうとすると結構難しいですよね。
たしかに簡単ではないですね。マンガの中ではそんな状況の中でもだれか1人、達海の『真の意図』に気づく人がいて、『監督が教えたかったのはこういうことなんじゃないか』ってセリフで説明してくれるんですけどね(笑)。ただ、人はある環境を与えられると急激に成長する可能性があり、その成長を促すためにいろんな経験をさせることが有効な『学びの場』になることは、会社でも生かせる考え方だと思います。
「信じて見守る」ことの大切さ
とはいえ現実は「環境さえあれば必ず気づける」ものでもありません。スポーツでもゲームでもいいのですが、気づいた経験のある人なら、その時のプロセスは非常に言語化しにくいことが分かるでしょう。
頭の中でイメージし、上手くいかない経験を何度も繰り返しながら努力を続ける中で、ふと「感覚をつかむ」瞬間はやってきます。それは「何時間やれば気づける」というように数値では一般化できません。
また「気づき」のタイミングは、人によって大きく違ってきます。常に時間に追われる実社会の仕事における「学び」の中では、「当人が気づくまで待つ」のはなかなか難しくなってきます。
しかしながら、ジャイキリの達海監督は待ちます。マンガなのでその後必ず気づくときはやってくるのですが(!)、それまで待ち続けるのです。
ここでは、辛抱強く『本人が気づくことを信じて見守る』ことの大切さが分かります。これは子どもの勉強でも一緒ですが、時間で区切って、分からない人に答えを教えるのではなく『自分で気づくまで待つ』ほうが、本人にとって質の高い学びになるということでもあります。自分で気づいた人は、その感覚を絶対に覚えていますよね。もし別の状況で試行錯誤するときには、より早いタイミングで『気づける』ようになると思います。
学びの効果を劇的に高める「信頼」
ジャイキリの中では「学び」の効果を高める変数の1つとして、「監督と選手との間の信頼関係」が考慮されています。これは「学習の効果を高めるために非常に重要なこと」(梅崎先生)なのです。
達海は、選手たちにやらせるユニークな練習の意図をほとんど語りません。当初、達海と選手との間には信頼関係がほとんどありません。選手は上下関係だけを根拠に仕方なく指示に従うのですが、話が進んで信頼ができてくると、選手は意図が分からないなりに『あの達海監督が言ってるんだから』とのってくるようになります。試合中の『気づき』は、実はこうした『高いレベルの信頼関係』がベースになっていることが多く、そういうシーンは巻が進むごとに増えています。
教えられる側が「真意はわからないけど、この人がいっていることだから、きっと自分のためになるはずだ」という思いで学びに取り組めば、たしかに得られる効果は高そうです。
教えるほうは「気づくことを信じて待つ」。さらに教えられる方が「自分が信じられていることを知っている」。この両方の条件がそろうことで、学びによる成長の度合いは劇的に高まるというわけです。
1粒で2度美味しい「GIANT KILLING」
達海の学びの実践方法、その根底には「組織は生き物のようなもので、変化しながらまとまって成長していくもの」という理念が貫かれています。その思いは、実際に達海のセリフとして作品の中で語られています。
ジャイキリという作品そのものの根底に流れる理念でもあるのでしょう。作品ではETUの選手だけでなく、フロントもサポーターもすべてが変化していきます。この『変化』の中で成長できる組織をどう作り上げていくかは、近年の会社が抱える課題とも重なります。能力や性格というダイバーシティを前提に、バラバラなものを無理に画一化しようとするのではなく、バラバラなままで組み合わせて組織の目的を達成できるように機能させていくか。それを考える良い素材だと思います。
この連載の中では作品中のエピソードを通じて、組織を「辞めるときのルール」(第2回)、「競争」のとらえ方(第3回)、そして今回「学びと成長」の理想の姿について考えてみました。
フィクションとは分かっていながらも「こんな組織が作れたらいいなぁ」「こう成長できたら最高だ」という良いイメージを描けたならば、それは現実を変えるためのリアルな力になるはずです。……よね、梅崎先生?
ええ。もしかして作者はネタ本としてビジネス書を相当読み込んだんじゃないかと思えるくらい、組織論を考えるにあたってはいい作品になっています。あえて物足りないところを上げるとすれば、今のところ『年俸』に関するエピソードがないところくらいでしょうか。働くモチベーションとして重要な金銭的報酬に関するとらえ方まで話が広がれば、『仕事マンガ』としてもものすごい完成度になりますね(笑)。そういう視点でも今後のジャイキリを楽しみにしています。
GIANT KILLINGは、講談社の「モーニング」で連載中。単行本は2012年8月現在で24巻が既刊です。電子書籍としても入手できる作品ですので、興味を持たれた方はぜひ読んでみてはいかがでしょう。
サッカー漫画としても、自分の会社やチームに当てはめながら読める「仕事マンガ」としても楽しめる、おトクな作品であることを保証します! 次回は新しいマンガを取り上げます。どうぞお楽しみに。
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・第1回 「GIANT KILLING」はチームマネジメントを学ぶのに役に立つ!?・第2回 メンバーが辞めるときにはどうすればいいのか「GIANT KILLING」から考える
・第3回 リーダーが知っておきたい チーム内でうまく競争を生み出すコツ
これまでの参考図書(梅崎先生おすすめのリーダー基礎本ともなり得る文献です)
・「借景」として時代小説については、呉が最初に指摘し批判的に取り上げています。一方、鷲田は積極的に評価紹介しています。
呉智英(1995)『インテリ大戦争』(洋泉社) 鷲田小彌太(2008)『ビジネスマンのための時代小説の読み方 』(日経ビジネス文庫)
・マンガ史の蓄積は分厚いですが、仕事系漫画の批評ははじまったばかりです。今後の展開が期待されます。 真実一郎(2010)『サラリーマン漫画の戦後史』(洋泉社新書) 梅崎修(2011)『仕事マンガ-52作品から学ぶキャリアデザイン』(ナカニシヤ出版)
・産業社会の変化は“液状化”として指摘されています ジークムント バウマン(Zygmunt Bauman)(2001)『リキッド・モダニティ―液状化する社会』(大月書店)
・「公平性」を考える気運は、サンデルの本から始まりました。効率と公平性の緊張関係は知的好奇心を刺激するでしょう。 マイケルサンデル(Michael J. Sandel)(2011)『これからの「正義」の話をしよう』 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 大竹文雄(2010)『競争と公平感―市場経済の本当のメリット』(中公新書)
・日本的雇用システムの正確な理解なくして、次のシステムの構築はないでしょう 小池和男(2010)『日本産業社会の「神話」』(日本経済新聞社)
・学習論の研究対象は「学校」から「職場」へと移行しています 中原淳(2010)『職場学習論-仕事の学びを科学する』(東京大学出版会)
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