長くはたらく、地方で
推進すべきなのはワーケーションではなく、「多様な働き方」ができる制度・風土づくりだった
地方でNPO法人を運営しながら、サイボウズで副(複)業している竹内義晴が、実践者の目線で語る本シリーズ。今回のテーマは「働く場所と時間」について。
巷では、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた「ワーケーション」が注目を集めている。テレワークを活用し、時間と場所の制約を受けない「新しい」「これからの」働き方だと言われている。
実は、サイボウズではワーケーションを推進していない。だが、「ワーケーションっぽい働き方」をしている社員はたくさんいる。一般的なワーケーションと、サイボウズでの働き方を比べたら、本当の意味で時間と場所の制約のない「これからの働き方」の本質が見えた。
「いま、〇〇にいるんですよ」「えっ?」
「いま、〇〇(地名)にいるんですよ」
「えっ? そうなの? 全然気が付かなかったよ」
最近、サイボウズ社内ではこのようなやりとりをよく見聞きする。
たとえば、新型コロナウイルス感染症の拡がりで、サイボウズ式編集部のメンバーは基本、在宅勤務を行っている。毎朝30分ほど朝会を行っているのだが、「実はいま、実家に来ているんですよ」といった話をメンバーから画面越しに知らされ、驚くことがある。
もちろん、「突然実家に行った」というわけではない。「誰が、どこで働いているか」はグループウェアで共有されているし、少なくともマネジャーはメンバーの動向を把握している。
しかし、テレビ会議システムの中には、背景をほかの画像に差し替えられるものもあるが、背景が普段と同じだったりすると、もはや「どこで仕事をしているか」自体が意外と分からず、「えっ? 全然気づかなかったよ」となるのである。
サイボウズでのテレワーク事情
いまでこそサイボウズ社員の多くが在宅勤務をしているが、新型コロナウイルス感染症が拡がる前は、このような状況ではなかった。
サイボウズが在宅勤務制度を始めたのは、2010年だ。10年以上経過しているが、同じ「在宅勤務」でも、以前は「基本はオフィスに出勤。週に1、2日在宅」といった働き方が主流だった。
フルリモートで仕事をする人は、「親の介護で」「パートナーの転勤で」など、何らかの事情がある人が多く、新潟を軸に東京のサイボウズで週2日、フルリモートという形で働いているわたしも、かつてはマイノリティだった。
それが、新型コロナウイルス感染症の拡がりで、多くの社員が在宅勤務となった。緊急事態宣言が発出されていたときの在宅勤務率はほぼ100%。正直、こういった形でフルリモートの働き方が拡がるとは想像もしていなかった。
このように、全社員がテレワーク中心の働き方になったのは、つい最近のことなのである。
サイボウズではワーケーションを「推進していない」
話は変わるが、世間では「ワーケーション」という言葉が注目を集めている。
ワーケーションとは、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を掛け合わせた造語として知られ、テレワークによって時間と場所の制約を受けない「新しい」「これからの働き方」だといわれている。
ワーケーションという言葉が日本で拡がり始めたのはここ数年のことだが、多くの人が知ったのは2020年7月ごろ。当時の菅義偉官房長官が、新型コロナウイルス感染症で低迷した観光業の支援策として「新たな観光の形として、政府として推進する」と、伝えたのがきっかけだ。
ちなみに、サイボウズではワーケーションを特別、推進はしていない。ワーケーションに関する特別な制度もないし、「もっとワーケーションしましょう」といった働きかけもない。
一方、冒頭にも触れたように、多くの社員がフルリモートで働くようになってから、「今日は実家で仕事をしている」とか、「今日は〇〇(たとえば、観光地のような地名)で仕事をしている」といった書き込みを、グループウェア上に見かけることが増えた。
つまり、ワーケーションは推進していないが、「ワーケーションっぽい働き方」をしている人は多くいる。
このような社内の実情を垣間見た時、こう思うのである。「ワーケーションって、一体何なのだろう?」
働く場所に関わらず「仕事はちゃんとしないとな」
一般的なワーケーションのイメージといえば、「リゾートで仕事」といった印象である。
実際、多くの自治体でいま、ワーケーションのモニターツアーを行っている。そのパンフレットやWebサイトを見ると、そこには景観のよい自然や楽しそうなアクティビティ、美味しそうな食べ物の写真が並んでいる。
リゾートに行って、観光やアクティビティ、豪華な食事を楽しみながら、仕事をする……もしも、そんな働き方ができたら、確かに理想かもしれない。
一方で、もしわたしが、サイボウズの社員としてそういった働き方ができるか……と言われたら、その答えはNoだ。
まず、観光と仕事をいっしょくたにして働くことをマネジャーや周りの仲間に伝えにくい。「今日はワーケーションで〇〇に来ています。午前中は□□(観光地)に行って、お昼は地元のお店で美味しいもの食べて、午後、1時間だけ仕事をして、それからアクティビティに行ってきます」みたいな書き込みをグループウェアにしたら……
「遊んでいないで、仕事しろ」
と、周囲の仲間から言われるか、言われないかはやってみないと分からないが、少なからず、そう言われないか心配である。
もちろん、観光やアクティビティを楽しまないまでも、景色のいい所で仕事ができたら「気分はいいだろうな」とは思う。
けれども、普段はPCに向かって集中して仕事をしているし、忙しい。景観でテンションが上がるのは、仕事をはじめる前と、ちょっと疲れて背伸びをしたときに景観が目に入ったときぐらいかな……と思う。
気分転換に散歩したり、仕事終わりに温泉にでも入れたら、気持ちは整いそうだけれど。
サイボウズ社長室フェローの野水克也は、寝泊まりができるように改造したワンボックスカーで、移動しながら仕事をしている。ある種、究極のワーケーションかもしれないが、SNSで次のようにいっていた。
ワーケーションという言葉に違和感があるのは、地方に行ったら遊びながら仕事できるのではなく、違う環境に身を置くと違う発想が生まれるからで、どこに行こうが忙しいものは忙しいんだよ。
確かに……と、わたしも思う。
ほかにも、所属は東京オフィスだが「コロナ禍のいまは、沖縄の実家で働いている」社員や、「奥さんの出産に合わせて、佐賀で育児をしながらリモートワークしている」社員、「子どもが春休みの1週間、軽井沢の貸別荘を借りた」社員など、それぞれの事情に合った形で働いているが、遊びながら仕事をしている人はいない。
働く場所に関わらず、仕事はちゃんとしないといけない。それは、働く場所を選ぶ際の絶対条件なんじゃないかと思う。
そういう意味では、仕事と休暇という、いままで相反していたものを、無理やりくっつけようとしなくてもいいのかもしれない。
だからといって、「ワーケーションなんて、所詮無理だよね」は、なんとなくもったいない。場所と時間の制約を受けずに柔軟な働き方を実現するなら、どんな制度や風土が必要なのか。
推進すべきは、ひとり一人が望む「多様な働き方」
ワーケーションを推進していなくても、ワーケーションっぽい働き方を自然としているサイボウズ社員の事例をみると、推進すべきなのは、ワーケーション(つまり、仕事と休暇を組み合わせること)ではなく、「働き方・学び方の多様化」なのではないかと思っている。
なぜなら、サイボウズの社員がワーケーションっぽい働き方を自然としているのは、「100人100通りの働き方」の制度があるからだ。
「100人100通りの働き方」とは、「そもそも人は多様であり、誰1人としてまったく同じ価値観を持っている人はいない」という考え方のもと、働く場所や時間を含め、メンバー一人ひとりが望む働き方を、適切に、チームにとっても分かりやすい形で宣言し実行する」という働き方の制度だ。
たとえば、これは新潟で週2日、フルリモート、複業社員の形で働いているわたしが、グループウェア上で宣言している働き方だ。
このように、「ワーケーションの制度」ではなく、一人ひとりに合った「多様な働き方ができる制度」があれば、自然と「ワーケーションっぽい働き方」ができるようになるのだ。
「自由」は、意外とたいへん
また、「場所と時間の制約がない」というのは、さも、自由でいいなと思うかもしれないが、4年間、フルリモートワークをしていて思うのは、自由は楽しいように見えて、「意外とたいへんだな」ということだ。
働く場所や時間を自分で決められるといっても、遊んでいいことにはならない。むしろ、働いている状況が見えないだけに、「仕事をしている」ということを、成果物をはじめ、別の形で示す必要がある。
また、物理的に離れていても、「竹内さんなら大丈夫」と言われるように、信頼されるように、コミュニケーションなどさまざまな面で工夫をしてきた4年間だった。
つまり「自立」が必要なのだ。
働く場所と時間に制約がない「仕事の未来」
ワーケーションを、「働き方・学び方の多様化」だと考えたとき、わたしは「仕事と休暇」「企業と個人」の軸で、次の4つに分けて整理している。
1つ目は、ワーケーションを「ワーク × エデュケーション(人材育成)」とするとらえ方だ。近年「越境学習(※)」という言葉を見聞きするが、ほかの地域に足を運ぶことで、「都会の会議室では学ぶことができない体験を、人材育成に活かす」といった文脈でとらえることができる。
※越境学習とは、ビジネスパーソンが所属する組織の枠を自発的に“越境”し、職場以外に学びの場を求めること。
2つ目は、「ワーク × コンセントレーション(仕事の集中)」とするとらえ方だ。在宅勤務が続くいま、「たまには、違う環境で仕事がしたい」と思っている人も多いだろう。「普段とは異なる環境で、仕事に集中する」といった文脈で理解することができる。
3つ目は、「ワーク × リラクゼーション(仕事の癒し)」とするとらえ方だ。近年「健康経営」といった言葉があるが、健康は仕事をする上で重要な資源である。特に在宅勤務が続くいま、メディアなどでは「心身に負担を感じている人が増えている」と聞く。
自然や森林を活かしたセラピーのプログラムを使えば、ワーケーションは社員の「心と体の健康」に活かす取り組みとなる。
4つ目は、ワーケーションを「ワーク × モチベーション(仕事の楽しさ・やる気)」とするとらえ方だ。いわゆる「ワーク × バケーション」もこの一種なのかもしれない。だが、仕事と休暇を掛け合わせるのは難しい。
それならば、仕事と休暇や観光を無理やり組み合わせるのではなく、「仕事は仕事」とした上で、「実家で仕事」「会社は都市部で、住まいは地方」「住まいは都市部で、地域で複業」などのように、時間と場所の制約を受けない「自分らしい働き方」ととらえなおしてはどうか。
ワーケーションを、働く場所と時間に制約がない「多様な働き方、学び方」ととらえ、それができる環境さえつくれば、無理にワーケーションを推進しなくても、自然と「ワーケーションっぽい働き方」になるんじゃないかな。
それが、働き方の「変化の本質」だと思うのだ。
執筆・竹内義晴/イラスト・マツナガエイコ
SNSシェア
執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。