多様性はビジネスにもプラスなのに、なぜ取締役会の顔ぶれは変わらないのか
※この記事は、サイボウズ式編集部 Alex Steulletがサイボウズ式英語版「Kintopia」に寄稿した記事「We Know the Business Case for Diversity, so Why Are Boards of Directors so Homogeneous?」の翻訳です。
僕がサイボウズの東京オフィスに入社して3年目になる。もっとも、実際には、2020年2月からは郊外の自宅アパートが主な仕事場になっているため、出社はしていないが。
サイボウズで働き始めてから、多様性の大切さを学んできた。東京オフィスに所属する社員約500人のうち、欧州出身の同僚は片手で数えるほどしかいない。
ビジネスの世界で、「多様性」という言葉が流行っている。最近は、単なるバズワードではなくなってきている。
だが、少数派になって思うのだ。新しい制度をつくるとき、多様性は考慮されているだろうか。同僚が頭に描く「みんなの働く環境」は、本当に「みんな」だろうか。将来のキャリアを考えるとき、少数派についても思いをめぐらせているだろうか。
だからこそ、サイボウズが「取締役を社内から募集する」という新しい取り組みを始めると聞いたとき、「多様化が進むのではないか」と、とても嬉しかった。
多様性がビジネスにもたらすメリット
今回の取り組みが、僕にとって大切な理由を理解してもらうには、多様性を支持する理由を説明した方がいいだろう。
まず、自分本位の理由だ。職場が多様性に寛容なら、少数派である僕の意見に耳を傾けてもらえたり、重要なプロジェクトに抜擢されたりする可能性が増える。もしかしたら、昇進の可能性だってあるかもしれない。
もちろん、「外国人だから昇進できない」わけではない。でも実際、日本で働く外国人マネジャーは1人もいない。昇進の可能性を期待しているのに、マネジャーになれるかわからない環境で働きつづけるのは不安だ。
この主張は自分本位かもしれない。だが、これがきっかけで、少数派の社員がより公平な扱いを受けるなら、主張自体には問題がないはずだ。
次の理由は、いま、世界の大企業がこれまでになく積極的に多様化に取り組んでいることだ。その目的は「収益性」だ。
企業が多様性を促進する理由について、僕は、いわゆる「道徳的な配慮」ではないと思っている。車にたとえるなら、そこに「道徳」が同乗している可能性はあっても、運転席に座っているのはお決まりの「利益」だ。どれだけ先進的な企業であっても、収益性こそが存続と長期的健全性の鍵だからだ。
研究によれば、多様性には創造力、優れた意思決定、長期的な成長を促進するメリットがある。
一方で、コミュニケーションが複雑化し、スピードが落ちるというデメリットはあるが、メリットの方がはるかに大きい。さらに多様性を意識すれば、人材の母数も大きくなり、目新しいアイデアや新しい市場へのアクセスも増える。
これだけ大きなメリットがあるのだから、企業がこぞって多様化を進めようとするのもうなずける。
ただ、実際はそんなに単純な話ではない。
一般的な企業の取締役会で起きていること
グローバルな視点で見ると、世界の大企業ではチームの多様化が進み、女性や少数派の一員でも力のある地位に就く人は増えている。米国カリフォルニア州では、取締役会の多様性促進を義務づける法律が制定されるなど、チームの多様化が前進する動きもみられる。
でも、世界的な企業の取締役会でよく目にする顔ぶれは、週末に高級カントリークラブに行き、ゴルフの大会前にブランチを楽しむ人たちと大して変わらない。
企業で最終意思決定を下すのは、圧倒的に、このような年代、学歴、社会経済的なバックグラウンドの人たちばかりだ。
こう書くと「実績があって成功した人に、上に立って欲しいと思うのは当然では?」という声が聞こえてきそうだ。
だが、僕が求めたいのはそこじゃない。「ガバナンスに対する多様性」だ。
たとえば、リーダーを1人しか選べないとしたら、優れた実績と経験の持ち主を選ぶべきだろう。リーダーが3人に増えれば、それぞれの成功体験は、多少は異なるかもしれない。
だが、「ガバナンス」という意味ではあまり変わらない。3人程度の経験値では、かつて革新的と言われながら転落した多くの企業が直面した課題へのリスクが払拭できない。具体的には、集団的思考・過度に慎重な意思決定・官僚主義的な惰性といったところだ。
しかし、意思決定者が10人いたら、より、多くの社員の想いを反映するようなリーダーを選べる可能性が出てくる。多様性がビジネスにもたらすメリットは明らかだ。
それなのに、取締役の多様化は一向に進まない。「企業は合理的な利益追求マシン」なら、なぜ多様化は進まないのか?企業がためらう理由は何なのだろうか?
社員による、社員のための取締役会
サイボウズの場合、取締役の多様化が進まなかった主な理由は「多様性に意識が向いていなかった」からだ。そもそも「ないもの」に意識を向けるのは難しい。
でも、最近になって、取締役を選ぶ新たな議論の中で、多様性に富んだ代表者を選ぶことが話題になった。
サイボウズは20年以上前に上場して以来、男性3人が取締役を務めてきた。異なった経歴をもつ3人は経営手腕を発揮して、サイボウズを日本を代表するグループウェア会社に育て上げた。
ただ、取締役の1人は不満を抱えていた。副社長でもある山田理は「取締役3人でこれだけの権限を持っている必要があるのか?もし3人の身に何か起きたら、次の世代にノウハウを引き継ぐことができるだろうか?」と考えた。
サイボウズはオープンに情報を共有する企業であることを誇りにしている。個人情報やインサイダー情報以外は、自社のグループウェア上で誰もがアクセスできる。
どれくらいオープンかというと、社内のオンラインゲーム部の活動予定から、経営会議の詳細な議事録まで、文字通りすべてのやりとりが公開されているほどだ。その背景にあるのは、社員一人ひとりが最適な仕事の仕方をわきまえているという論理だ。
典型的な組織構造だと、何よりもキャリアを優先する勤勉な社員が昇進し、権限を持って、経営トップの理想を追求すべく部下に指示を出す。マネジャー陣は権限を維持するために情報の流れをコントロールし、必要な時だけ共有する。
サイボウズでも、昇進のベースは個人の功績だ。だが、社員一人ひとりが会社の理想に沿って行動する責任を担っていて、誰もが同じ情報にアクセスできる。マネジャーの主な仕事は、給与や予算といった注意が必要なプロセスの承認と、必要に応じたサポートのみだ。
こうしたオープンな仕組みのメリットは、社員が自分で最適な働き方を決める自由裁量の余地が生まれることだ。
たとえば、「共働き」や「親の介護」といった事情のある社員でも、自分が希望する働き方を伝えることができる。マネジャーが働き方を決めるわけではないため、自分なりに会社に貢献できる方法を見つけるゆとりが生まれる。
それでも、取締役会だけは例外で、聡明な男性取締役3人が、閉ざされた扉の向こうで行っていた。サイボウズの企業理念にそぐわない組織構造には、変革が必要だった。
議論の末、すべての情報が公開されていて、サイボウズの全社員が信頼に足るのであれば、取締役の要件に制限をかける必要はないという結論に至った。権限の移譲の効果は、デメリットを大きく上回ったのである。
こうして、取締役会の扉が社員全員に開かれることになった。
サイボウズ取締役会の改革
取締役会の仕組みの変化に伴って、自然とその機能も見直されることになった。
給与面では、取締役だからといって給与はいままでと変わらない。昇給を望むなら、昇給に見合った価値を会社に提供していると論拠を示すべきだというサイボウズ流の考え方が、ここでも適用される。
つまり、取締役会の一員だからという理由だけでは、昇給にはつながらない。
即座に金銭的なインセンティブが得られるわけではないため、取締役の選出基準は金銭への執着ではなく、会社やその価値への愛着となる。
取締役会の議論はすべて、全社に公開されることになっている。
誰が、いつ、どんな文脈で何を発言したかをすべて公表するのがガバナンスの鉄則だ。政治家が重要な法案を議論するときに、国民が求める透明性と同じだ。そうであれば、雇い主にも同じことを求めてもおかしくないはずだ。
企業理念とミッションに沿った良識的なアプローチで、舞台は整った。2021年度に向けて、取締役会の再編成が全社に向けて発表された。
こうして残されたのは、候補者の募集だけになった。
一人ひとりの使命感によって実現した取締役の多様化
長年、3人の男性取締役が陣頭指揮をとっていたサイボウズのコーポレートガバナンスは、短期間で劇的に変わっていった。社内から16名の応募があり、全員が取締役に選任された。16名と代表取締役社長を合わせると、取締役の総数は17名となり、以前の3名から急増した。
公募の数か月前にサイボウズに入社したばかりの20代の社員もいれば、数年前に新卒で入社した20代半ばの女性社員もいる。
また、サイボウズの米国チームからも2名が選任された。1人は日本語話者ではないが、取締役会には同時通訳が入り、資料も英語に翻訳される。日本語話者ではない海外拠点の社員なども恩恵を受けられるようになった。
17名の取締役のうち、5名は女性だ。日本社会全体の男女比はもちろん、40%強というサイボウズの女性社員比率からしても低い数字ではある。それでも今回の一件で、サイボウズは一気に、東証一部上場企業の中で、女性取締役が最も多い企業になった。
優れたガバナンスとオープンであることを求めたら、サイボウズは自然と多様化した。そして、ついに取締役の顔ぶれも社員の構成を反映する形に変わっていった。
「広い視野で会社を見る」きっかけに
さまざまな文化や背景をもつ人々が快適・友好的な環境をつくるために、成長した会社がすべきことはたくさんある。力のある多数派に対して、少数派が物議をかもす発言をするのは容易ではない。
母国で働いていたときは多数派だった僕にとって、少数派を受け入れるというのは頭の中での理解だった。受け入れるべきだと考えていたものの、実際に経験したことはなかったからだ。
でも、今になってみれば、上司やリーダーの外見が自分の外見とは全然違っていたり、自分と共通の歴史や文化をもつ人が周りにいなかったり、給与や昇進を決める価値基準が、自分が教えられてきた価値基準と違ったりすることが、一体どういうことなのか、僕は少しずつ理解できるようになってきた。
とはいえ、自分の性格、出身地や教育を受けた土地のおかげで、ほかの少数派の同僚と比べると、苦労は少ない方だとも自覚している。
しかし、そんな僕から見て、今回の取締役をめぐる取り組みの動機が、多様化ではなく、副産物に過ぎないのは気がかりだ。
また社内では、「誰にだって少しずつ違う個性があるのだから、男性数名が取締役であっても、多様なリーダーの集まりであっても、ガバナンスに大した違いはない」という声もあり、僕は不安にかられる。でも、励みになる話題ではあるし、経営陣が伝統的な企業構造では過小評価されがちな社員も含めて、会話をオープンに進め、権限を移譲し、ワークライフを調整できるようにしたいという意志を持っていることも明らかになった。
また通常は自分の業務に集中することが求められる社員が、もっと広い視野で会社全体の活動を見るきっかけにもなる。新取締役が出席した最初の取締役会では、特に若いメンバーから「会社の業績を包括的に知ることができて嬉しい」という声も上がった。
サイボウズ流チームワークに欠かせない「公明正大」と並ぶ企業風土の1つに「自立と議論」がある。つまり、自分の意見をオープンに表明して、率直に透明性を持って議論するという意味だ。
世界の舞台に向けて変化を遂げるサイボウズについて、僕が包み隠さず率直な記事を書けるのは、こうした風土のおかげだ。
サイボウズは優れたガバナンスを目指して、多様な視点や人生経験をもつ人々を後押しする方向に一歩を踏み出した。今回の主眼は多様性ではなかったけれど、僕たちが多様な意見の力と価値を公明正大に発揮していけば、次は多様性が決め手になるかもしれない。
16人の新取締役の力を借りつつ、その実現のために僕も自分ができることをやっていこうと思う。
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執筆
撮影・イラスト
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。
編集
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。