20代、人事と向き合う。
「一人ひとりを見る」しくみこそが、これからの時代の競争力になる――パナソニックグループCHRO三島茂樹×サイボウズ人事髙木一史
サイボウズ人事部の髙木一史は、「社員が閉塞感を覚えず、幸せに働ける会社をつくりたい」という想いから、初の著書となる『拝啓 人事部長殿』を2022年6月17日に上梓しました。
書籍ではテクノロジーを活用し、会社との多様な距離感・自立的な選択・徹底的な情報共有といった風土をつくることで、個人の幸せと会社の理想実現を両立できるのではないか、という仮説を提示。これを「インターネット的な会社」と呼んでいます。
この仮説をもとに、髙木がこれからの働き方について、多様な分野の方々と議論を交わす企画「20代、人事と向きあう。」がスタート。
今回の対談相手は、グループ全体で約24万人もの社員を抱えながら、「誰一人取り残されることなく活躍できる会社」を目指し、人事部門を率いてきたパナソニックグループCHRO三島茂樹さん。「多様性の受け入れと企業の成長戦略」をテーマとして、語り合いました。
より本質的な変革にチャレンジできる事業会社制
というのも、事業会社それぞれが「自主責任経営」のもとで、事業や現場に即した形で会社運営を進めていくからです。
これまではパナソニックとして1人のCHRO(最高人事責任者)だったのが、事業会社ごとにCHROが就き、権限委譲されていっています。よりお客様に近いところで意思決定がなされ、変革が起こるようになりました。
事業会社制の場合、もしパナソニックホールディングスの立場で僕が組織や制度を変えるべきだと思ったら、事業会社の人事に、その重要性を一生懸命伝えなければならなくなります。
そして、腹落ちしたら「自分たちの会社では、どうやって取り入れようか」と主体的に考え、動いていきます。
以前のトップダウンと比べれば、議論の分の時間はかかるかもしれませんが、結果的に各事業会社に最適化した取り組みが行われるので、より本質的な変革ができるようになるんです。
24万人の組織でもすべての社員の適材適所・適所適材は叶う
ただ、トヨタほど巨大な人数規模になると、コミュニケーションコストも莫大なものになるため、一人ひとりと徹底的に向き合うことは、難しいなと感じていました。
約24万人もの社員を抱えるパナソニックでも、現場の人事がどのような役割を果たすべきか、悩みそうです。
100人100通りの仕事やキャリアを社員といっしょに考え、一人ひとりが活躍できるようにしていくのが人事の役割なので。
三島さんは、どうして「大きな組織でも適材適所・適所適材はできる」と思うんですか?
研究開発って、「究極のセレンディピティ」というか、偶発性から成果が生まれることが多いんです。
一人ひとりの研究員のやりたいことや能力をとことん観察して、どんな仕事をしたらセレンディピティが生まれ、成果につながるか――そのマッチングを考えるのが、当時の僕の仕事だったんです。
当時、研究所には何人くらいいたのでしょうか?
ただパナソニックでも、僕と同じような経験をしてきた人はほとんどいないと思うので、この感覚はあまり共感はされないかもしれません。
課題が大きすぎるなら、小さくしていけばいい。自分一人ではできないから、事業会社のCHROに託して同じことをやってもらう。各CHROもまた人事メンバーに託していく……。
そんなふうに同じ志を持つ人が協力し合って、一人ひとりと向き合うことができる人事が、グループ全体で240人いればいいわけです。
しかもこれって各事業会社のCHROや人事だけでやることじゃなくて、経営者と協働して取り組んでいくものです。
どんなに組織が大きくなっても、役職が上がって現場が遠くなっても、人事として優先順位がもっとも高いのは、お客様や社会のために挑戦したいと願う社員一人ひとりが輝くための適材適所・適所適材です。
多様性を前提とした「選択肢」を用意することは、経営の優先事項
そのなかで「人事制度」とは、三島さんにとってどういう役割ですか?
パナソニックでは、「物と心が共に豊かな理想の社会の実現」というパーパスを掲げています。このパーパスを組織から人へとブレイクダウンしていくと、やっぱり働く人が多様でないといけないんですよね。
そこでは、社員一人ひとりが積極果敢に挑戦する「社員稼業」の姿勢と、社員全員が知恵を出し合い、トップが決めるべきを決める「衆知経営」が求められます。
この衆知経営は、声が大きい人だけが発言するのでなく、すべての社員が異なる意見を発言できるということが求められます。一人も取り残さず、すべての人が言うべきことを言えてはじめて実現したと言えるんですね。
社員が10人いれば、強みもやりたいことも、仕事への向き合い方も10通りあります。その前提で社員を受け入れ、会社のなかでやりがいを感じ、働き続けられるように必要であればケアしていく。
それを実現するしくみこそが、人事制度なんですよ。
そのために人事戦略をつくり、既存の制度を変えていかなきゃいけない。人事が制度を変えていく覚悟がないと、ミスマッチばかり起きてしまうので。
そして制度やポリシーをつくったり、変えたりしたら、それで終わりではありません。制度などの仕組みのハード面と、それを運用する組織の文化や一人ひとりの想いなどのソフト面、その両面で取り組んでいく必要があります。
一人ひとりの多様さを受け入れて、「衆知経営」を実現していくということを皆が信じられている状態があってこそ、手段としての人事制度が活かされます。そこまでやりきらなければならない。
そうして会社が社会の多様性を取り込まなければ、これから先とても生き残ってはいけないでしょう。
人事制度の運用を進めるには、現場のマネジャーが自発的に変わっていく仕組みが必要
そういう現場マネジャーのマインドまで変えるには、どうすればいいと思いますか?
たとえば、「アンコンシャス バイアス」についての取り組みがまさにそうで。いまは各事業会社で研修を受けた100名以上のメンバーを「アンコンシャス バイアス社内アンバサダー」に認定しているんですね。
そのメンバーが国内の社員に毎年「アンコンシャス バイアストレーニング」と呼ばれるワークショップを行っています。
理屈で分かったつもりになっていても、「はっ」とする経験が自らにあれば、そこから変えていけるものです。
マネジャー自身が気づけば、不用意な上司の言動で傷ついてデモチベートされたとか、成長機会が阻害されたということが確実に減っていくと思うので。
その感覚を大事にして各事業会社でワークショップを行い、そういう人たちが全国に散らばって同じプログラムを伝えていけば、各事業会社の突破口になっていくはずです。
たった一人の社員から経営は変わる。若手にこそトップへ働きかけてほしい
でも現場のメンバーが指摘してくれたおかげで、自分の無意識の思い込みに気づけました。
普段そんなことは言わないんですが、僕自身、すごく“いらち(せっかち、気が短い)”で、その若手社員も朝早くに来ているもんだから「仕事第一でハードに働いて、ちょっと休む」みたいな価値観だろうと思って、つい言ってしまったんです。
「あるメンバーが三島さんの言葉を聞いて、えらく失望しています。三島さんがめちゃくちゃ働くのは知っていますが、いろんな人が三島さんのメンバーにもいるので、時や場所、言い方に気をつけてほしい」と。すごく真剣に。
それで、僕は「申し訳なかった」と謝って。個人としてそういう価値観があったとしても、言う場所やタイミング、言い方には気をつけなきゃいけないとすごく反省しました。
なので彼をうまくマネジメントできていたかはわかりませんが、彼の活動を見ていて、部署や組織のボーダーをまったく感じずに物事を進められるんだなぁと、感銘を受けて。彼と仕事をして、僕は人事としてひと皮剥けたと思います。
いまの時代、世の中の大半の人事トップは変わらなきゃいけないということはわかっていると思います。
でも、どう変わっていけばいいか見えていない。あるいはパナソニックのように日系の多くの社員を抱えているような場合、そのなかで若手にどうアプローチしていいかわからず、十分に対話できていない面もあるかもしれません。
だから逆に、若手から勇気を持ってどんどん対話してほしい。若手にこそトップを変える力があるので。
「一人ひとりを見る」しくみこそ、これからの時代の競争力だ
パナソニックという大企業でCHROを務める三島さんに改めてお伺いしたいのですが、こうした人事・組織面での改革を進めていくにあたって、人事トップの役割とはどのようなものになると考えていますか?
だから、現場の一人ひとりを見て、彼らの話をもっと聞かなきゃいけない。
そこに選択肢を提示することで、社員の隠れた個性・能力・可能性が解放され、それが集まることでビジネスの強みとして出てくるはずなんです。
だからこそ、「一人ひとりを見る」しくみこそが、これからの時代の競争力になる。むしろ多様性を取り入れられなければ、会社の寿命は短くなります。
持続可能な会社経営に向けての改革が必要なのだと、人事トップが説き続けなければならないと思うんですよね。
それは書籍で提案している「インターネット的な会社」にも通ずるところで、本当に同意します。
本日三島さんにお話いただいたことや僕の書籍をきっかけに、人事トップや若手、会社全体、あるいは社会全体で議論が始まっていったら、とてもうれしいです。
改めて本日はありがとうございました。
『拝啓 人事部長殿』(著:髙木一史)
トヨタを3年で辞めた若手人事が、「どうすれば日本の大企業の閉塞感をなくせるのか?」という問いを掲げ、その回答を手紙形式でまとめた1冊。12社への制度事例の取材、日本の人事制度の歴史、サイボウズの変革の変遷を学ぶなかで見つけた「どうすれば会社は変わっていくことができるのか?」「これからの組織に必要なものはなにか?」を提案しています。
企画:高部哲男(サイボウズ)/執筆:石川香苗子/編集:野阪拓海(ノオト)/撮影:栃久保誠
20代、人事と向き合う。
人事の仕事とはなんでしょうか? サイボウズの20代若手人事の髙木一史は、人事の仕事は「会社の理想と個人の幸福を両立させること」だと先輩たちから教わってきました。しかし、いま会社の理想も、個人の幸福も多様化し、唯一の正解を見つけづらい時代になってきています。そんな中で、これから会社はどう変わっていったらいいのでしょうか。6月17日に人事に関する書籍『拝啓 人事部長殿』を上梓した髙木が、若手なりの視点で掘り下げます。
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執筆
石川 香苗子
フリーランスのエディター、ライター。HR、ダイバーシティ、テクノロジー、マーケティングが得意。本業ではNewsPicksの法人事業「NewsPicks for Business」の副編集長を務める。