「ふつう」を、問い直してみよう。
どうしたら自分の「ふつう」を大事に生きられる?——『山の上のパン屋にひとが集まるわけ』無料公開
働き方、ジェンダー、教育……。
世の中の「ふつう」が、どんどんアップデートされている昨今。それに伴って、近頃「ふつう」という言葉について考えている人が多いように思います。
「ふつう」って、なんなのか。「ふつう」じゃないと生きづらいのはなぜなのか。4月28日にサイボウズ式ブックスから発売された『山の上のパン屋に人が集まるわけ』は、そのような問いについて考える一冊になっています。
長野県東御市御牧原台地。
公共交通機関のない山の上で、パンと日用品の店「わざわざ」を営む平田はる香さん。
「そんな不便な場所でパン屋さん? 成り立つわけがない」。「ふつう」ならそう思うのですが、実際にはそうではないのです。年商3億。年間3万人が来店。ひとりの主婦が移動販売から始めたパンと日用品の店が、大きな支持を集めています。
平田さんにパン屋を始めた理由を聞くと、こんな答えが返ってきました。
そして、本の帯にはこんな言葉を入れています。
平田さんは、世の中の「ふつう」ではなく、自分の中にある意思を大切にしながら生きています。そんな平田さんの言葉には、「ふつう」という言葉に悩む人たちにとってのヒントもたくさん含まれているはずです。
今回は、『山の上のパン屋に人が集まるわけ』の1節「自分たちの「ふつう」を守る」を無料で公開します。
パン屋が人間らしい生活をできないのは「ふつう」ですか?
違和感を抱えずに仕事を続けるためには、必要最低限として「規則正しい生活習慣で健康でいること」、つまりは「無理せず長時間労働をしないこと」がベースになってきます。
私はそれらを「『わざわざ』のふつう」として捉えることにしました。ふつうのことをふつうにしようと思ったのです。
世の中には、長時間労働に低賃金、不規則な生活が「ふつう」とされている職場がたくさんあります。
なぜそうなるかというと、経営がその前提で成り立っているからです。
たとえばパン屋や飲食店だと、まず材料が必要で、それを仕入れるのにお金がかかります。その仕入れた材料をもとに人が作ります。材料費と人件費。お客様に同じ価格を提示し続けるとして、ここから利益を上げようとするならば、どちらかを削るしかありません。
まず、材料費を削ったらどうなるでしょうか。
たとえば、輸入小麦と国産小麦では、値段が倍以上違います。国産のほうが断然高いです。調味料もそうです。国産の丸大豆と小麦と天然の塩で作った醤油と、脱脂加工大豆を使い、アルコールやアミノ酸、糖分などを添加して早く安く作った醤油では、原材料の価格には何倍もの違いが生まれます。当然、材料の差によって、できあがった商品の質には差が生まれます。
では、人件費を削ったらどうでしょうか。
パン屋や飲食店でよくあるのが、「修行」という名目で、待遇の悪い中で働かされることです。残業代も出ず、長時間労働が常態化しています。材料費を削ったら商品に差が生まれてしまう。だから、人件費から削っていく。それではサービス業に従事したいという人が少なくなるのは当然のことかもしれません。
個人商店やフリーランスでも、自分の時間や身を削って働く場合が多く、生産量や売上を長時間労働でカバーしようとします。私も開業当初はまさにそんな感じでした。1日12時間労働、まともな休日なんてほとんどない。これでは働きすぎです。続くわけがありません。
こうして事業者が苦しむ一方で、生活者は安くて質の高いサービスにすっかり慣れてしまいました。
たった1000円のランチにも、接客、量、味、スピード、すべてを求めて口々に評価します。それを受けたお店側は、また努力して無理に働きはじめる。それが今の世の中が求める「ふつう」です。
だけど私には、それが「ふつう」だとは思えないのです。
働く人の「健やかさ」とお客様の「心地よさ」を両立させる
だって、そんな努力は続きません。もっと健康的な「ふつう」でなければ、続けることは至難のわざです。
働き方だけではなく、お店のあり方として、世の中の求める「ふつう」もまたあります。営業日はいつも開いているとか、欲しい商品の在庫がちゃんとあるとか。
臨時休業が多かったり、発注作業が疎かになって在庫が足りなかったり。そういう状態は、世の中には「ふつう」として受け入れられません。お店が開いていて、欲しい商品がある。そう思ってせっかく行ったのに、店が急に閉まっていたり商品が売り切れていたりしたら、がっかりしてしまいます。
そういう意味では、コンビニは世の中が求める究極の「ふつう」を体現しているようなお店です。いつだって開いていて、買いたい商品の在庫がちゃんとある。常に私たちの要望を満たしてくれるのが当たり前。
今のコンビニでは、ATMでお金を引き出せるのも、挽き立てのコーヒーを100円で買えるのも「ふつう」になりました。もちろん、そういった状態を「ふつう」にするには、ものすごい労力と努力があったと思いますが。
さて、世の中の求める「ふつう」がある中で、私たちはどんな「ふつう」を目指すべきか。
「わざわざ」はまず、働き方に関しては「世の中の求めるふつう」ではなく「自分たちが健康的でいられる状態」を実現し、お店のあり方については「世の中の求めるふつう」を実現できる状態を目指すことに決めました。
具体的に言うと、人件費も材料費もどちらも削らない。そのうえで商品の価格も手頃であり続けよう。自分の求める最良の材料で、人の手で丁寧に作り、お店もお客様も幸せになる。「わざわざ」が目指したのは、そんな「ふつう」です。
働いている人が心身ともに健やかで、お客様は欲しいものを手に入れられる。いつも同じものが、同じように売っている。大したものはないけれど、なんとなく心地いい。そんな「ふつう」のお店を目指そうと、心に決めました。
でも、それを実現するのは容易いことではありません。では実際に、どうやってその「ふつう」を実現していったのか。
取り組む順番は、自分の「ふつう」→お客様の「ふつう」
はじめに取りかかったのは、すでに書きましたがパンづくりの効率化です。パンの種類を2種類まで減らし、単価も上げて、労働量に見合う対価をもらえるようにしました。そもそものパンの製造方法も改善。夜に寝て朝起きるという、人間らしいサイクルで暮らしつつパンが焼ける方法を考えました。
作業の手間を省いて、労働時間を減らす。けれども、同じ時間と人数で生産量は増やす。それが、私たちの働き方の「ふつう」のためにまず行ったことでした。
さらに、日用品や食品類のラインナップも見直し、無計画に増やさないようにしました。お店やオンラインストアに並ぶ商品が少なくなると、お客様につまらないお店だと思われるかもしれません。もちろん、そんな不安はありました。
でも「つまらない店」上等です。
まずは「『わざわざ』のふつう」を体現してから肉付けをしていこうと考えていきました。
次に行ったのは、日用品の在庫管理の改善です。
当たり前のことですが、「必需品を切らさない」ということがとても大切です。
たとえば、家で牛乳が切れたらお店に買いに行きます。そのときに、もしも牛乳が売り切れて置いていなかったら、そのお店は信用できないなと感じませんか。次に牛乳が必要になったとき、そのお店が選択肢から外れるかもしれません。信頼がなくなると、もうそのお客様は来てくれなくなります。
だからこそ、必需品は切らしてはいけません。いつ何個買われたって、切れないようにしないといけないのです。
それをスーパーやコンビニは当たり前のようにしています。日用品のお店だと謳っているのに、日用品がないというのはだめなのです。なので在庫の持ち方に関しては、私たちもお客様の「ふつう」を第一に考えることを心がけています。
誰も我慢しない、等価交換の形をめざす
ただ、ネックは倉庫の狭さでした。
小さい倉庫だったので、保管する場所がなく、在庫の量が増やせない。そうなると、回転率がすごいことになってしまいます。
売れては仕入れ、売れては仕入れ……。1ヶ月に何度も同じメーカーに発注していました。作業量が多いのに、売上はそんなに伸びない。ものすごく効率が悪い状態です。それならもっと在庫を多く持てばいい。そうすれば、仕入れ作業が一気にカットできるわけですから。
そこで倉庫を探すことになり、念願かなって、150坪の倉庫に引っ越すことができました。倉庫が大きくなったことで、お店に並ぶ品数も増やすことが可能になりました。 働き方も楽になるし、お客様にとっても良いことだし、一気にみんなの「ふつう」が実現できた瞬間で、すごく良い選択だったと思います。
以前は商品が「点」でしかありませんでした。
たとえば、醤油と味噌と塩は置いてあるけれど、豆板醤とオイスターソースはないとか。すると調味料を買いに行こうと思ったときに、選択肢から消えてしまいます。でも、調味料ならひととおり揃っているという「面」の状態になると、「あそこで買おう」と思ってもらえるのです。
今はだいぶ「面」がつくれてきているように思います。「ケーキを作ろう」と思ったお客様が来たときに、「うちで全部揃えられるかな」などと考えながら、まだまだ中抜けしている商品があるので、そこを埋めていきたいです。
お客様には、より良い選択肢を。働く人には、作業軽減を。会社には、利益の増加を。
その状態こそが、3者のうちのどこかだけが凹んでいる、我慢しているのではない理想の等価交換の形。「わざわざ」にとっての目指すべき「ふつう」だと思っています。
『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(著:平田はる香)
年間3万人以上が来店。自費出版が9千部完売。健やかに、年商3億円。
都会でうまく生きられずに、長野の地へ。1人の主婦が移動販売から始めた店は、なぜこんなにも支持されるのか?パンと日用品の店「わざわざ」代表、平田はる香初の著書がついに出版。
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編集
高部 哲男
コーポレートブランディング部サイボウズ式ブックス所属。編集プロダクション、写真事務所、出版社などを経て、2020年サイボウズ入社。「はたらくを、あたらしく」を合言葉に、多様な働き方、生き方、組織のあり方などをテーマにした書籍制作に日々奮闘中。複業として社外での書籍編集にも関わる。