「わたしの話は誰が聞いてくれるの?」感情労働のマネジャー。こころの負担をどう減らすか
「メンバーの育成」「メンバーの動機付け」「メンバーのメンタルケア」など、マネジャーには些細な気配りや心配りが求められています。それはまるで、ちょっとしたカウンセラーのよう。
ひょっとしたらそれは、近年話題の心理的安全性の影響も、あるのかもしれません。
でも、マネジャーにばかり負担を強いていいのでしょうか? マネジャーもひとりの人間。いま、マネジャーに必要な支援とは?
増える「マネジャーの負担」
近年、マネジャーの負担が増えているようだ。
リクルートワークス研究所のマネジャーの仕事の変化を「感情労働」の観点から考えるによれば、2020年の調査開始以来で初めて、人事もマネジャーも、「ミドルマネジメント層の負担が過重になっている」ことが、最も優先度の高い組織課題だと指摘した。
マネジャーの負担を高めている主な要因は、「メンバーの育成・能力開発をすること」「メンバーの仕事に向けたやる気を高めること」「メンバーの心身のコンディションのケアをすること」となっており、部下に対して「“繊細な”『気配り』や“細やかな”『心配り』が求められるようになっている」という。
また、この記事でわたしがもっともうなずいたのは、現役マネジャーからの「カウンセラーみたいなことをしている」というコメントだ。というのも、わたしにも似たような経験があるからである。
まるでカウンセラーだった管理職時代
わたしには以前、20名ほどのメンバーを担う中間管理職だった時代がある。
詳しい言及は避けるが、当時、いまだったらパワハラ、モラハラと言われてもおかしくないような上位の管理職からの言動や、ストレスやプレッシャーで人を動かすマネジメントの影響で、わたしが担っていたチームは、あまりよい状態とは言えなかった。中にはうつっぽいメンバーもいた。というより、わたし自身がそういう状況だった。
「この状況をなんとかしたい」と思い、マネジメントや組織づくりに関する書籍を読みまくった。その結果「組織を変えるためには、メンバーとの関わり方を変えていく必要があるらしい」ことに気がついた。
それまでのわたしは、メンバーとそれほど積極的に関わろうとしなかった。もともと、コミュニケーションがそれほど得意ではないし、むしろ、めんどくさいと思っていた。また、思い通りにならないことがあると、「察しろよ」と言わんばかりに、あからさまに不機嫌な態度をとっていた。しかし「それではダメだ」と思った。
そこで、コーチングやカウンセリング、心理学を学んだ。学んだことを実践しようと、毎月1人30分ずつ、メンバー全員の話を聞いた。いまでいうところの1on1ミーティングだ。
また、普段の言動にも気を配った。メンバーがネガティブな事件を起こしても「正直に話してくれてありがとう。そのおかげで、おおごとにならずに済んだよ」のように、ポジティブな言動を心掛けた。
行なっていたことは、まさに「カウンセラーの振る舞い」だった。ちなみに、相手に対して心理的に前向きな働きかけをするために、自分の感情をコントロールする働き方のさまを、近年は「感情労働」というらしい。
幸いなことに、わたしのチームはその後、メンバーの変化を感じられるようになった。わたし自身、人の成長を支援する仕事の楽しさを知った。
だが、そう思えるようになるまでに2年ほどかかったし、カウンセラーのような振る舞いを実践するためには高度なコミュニケーションスキルが必要だった。
その経験からしても、現役マネジャーからの「カウンセラーみたいなことをしている」というコメントは痛いほど分かったし、感情をコントロールしながら働くさまを想像すると「きっと大変だろうなぁ」という状況が、容易に想像できたのだ。
心理的安全性を高めようとすると、管理職の心理的負担が増える?
近年「心理的安全性」という言葉をよく見聞きするようになった。ひょっとしたら心理的安全性も、マネジャーの負担を増やしているひとつの要因かもしれない。
「心理的安全性」とは、メンバーが不安や悩みを抱えたとき本音を話せるよう、また、チームの生産性を高めるために、失敗を恐れず新たなチャレンジができるよう、気軽に相談できる安心・安全な場を形成することだ。
心理的安全性を高めるためにはいくつかの手段があるが、「メンバーが何でも言えるような環境を整える」ことが基本といえる。
わたし自身、管理職時代にカウンセラーのような働きかけをしてきた経験があり、心理的安全性の大切さはよく理解できる。
だが、「メンバーが何でも言えるような環境を整える」と一言で言っても、傾聴のような振る舞いは、実際にやってみるとことのほか難しいし、変化を実感できるまでに相応の時間も掛かる。逆に、実践して上手くいかないと「オレってダメだなぁ」「なんでうまくいかないんだろう……」なんて、自分を責めたくなることもある。
つまり、「心理的安全性を高めよう」という行動が、マネジャーの心理的負担になってしまうのだ。
マネジャーがつらいのは「相談相手がいないこと」
マネジャーが負担を感じているときにつらいのは、メンバーとの関わりだけではない。本当につらいのは「相談相手がいないこと」「本音を言えないこと」だ。
マネジャーは管理職という立場上、メンバーに弱みを見せにくい。
マネジャーより上位の管理職が相談にのってくれる人ならいいが、そうとは限らない。中には「メンバーをまとめるのがお前の仕事だろ」と丸投げしたり、「とにかく、頑張ってみろ」と精神論で乗り越えさせようとしたり、「俺が若い頃はな……」と自分の成功体験でマウントをとろうとする人もいる。
違う、そうじゃない。本当は本音を話したいだけなのに……。
こういった課題に対して相談窓口がある会社もあるが、実際に相談を持ちかけるのはなかなかハードルが高い。実際、僕はできなかった。
また、社外のコーチやカウンセラーに相談できなくもないが、ビジネスコーチングはまぁまぁな費用が掛かる。それを個人で支払うのは負担だ。そもそも、誰に相談したらいいのかわからないし、合いそうな人を探すのも大変だ。
その結果、マネジャーたちは誰にも相談できぬまま、過度な負担を抱え続けるのである。
マネジャーの業務的、心理的負担に対して、組織としてできることは何なのか? マネジャーの支援に対して、ここでは2つの提案をしてみたい。
マネジャーが相談できる環境をつくる
1つ目は、「マネジャーが相談できる環境をつくる」ことだ。
繰り返しとなるが、負担を抱えているときにつらいのは、「相談相手がいないこと」「本音を言えないこと」だ。
サイボウズでは、業務中に何でもざっくばらんに話ができる「ザツダン」という取り組みがある。ラフな1on1ミーティングと理解していただければいいだろう。
実際、わたしも月に1回30分、心のメンテナンスをするために上司に話を聞いてもらっている。定期的に話を聞いてもらうことで頭の中が整理でき、心理的な負担がずいぶんと軽減できている。
ただ、これには上位のマネジャーに傾聴力をはじめとしたコミュニケーション能力が必要だ。また、ミドルマネジメントのしわ寄せが、さらに上位のマネジャーに及ぶことがある。そこは注意したい。
上司だけではなく、異なる部署のメンバーにメンターの役割を担ってもらう「メンター制度」を取り入れている企業もある。
サイボウズ社内にもコーチングやキャリアコンサルタントの資格を有している社員がいるが、同じ会社でも、業務上の関係が薄い人なら本音を話しやすい場合がある。専門的なトレーニングを積んでいる社員がいれば、協力を仰いでもいいだろう。
グループウェアという「本音が言える場所」
2つ目は、「グループウェアの活用」だ。
サイボウズの多くの業務やコミュニケーションは、自社の製品でもある kintone で行なっている。以前、あるマネジャーの発言が、社員の共感を誘ったことがある。コロナ禍の出来事だ。
コロナ禍がはじまって、多くの企業がテレワークを強いられた。サイボウズもご多聞に漏れず、限られたごく一部の社員を除いて、ほぼ全員が在宅勤務となった。
マネジャーの書き込みがあったのは、在宅勤務がはじまってしばらくしてからのことだ。詳しい内容は伏せるが、在宅勤務になり家にこもって仕事をした結果、「実はうつっぽくなっていた」ことを告白する内容だった。
この書き込みには、多くの社員からの「いいね」が寄せられた。また「わかる」「管理職がこういった発言をするのは勇気が必要だったろう」といった、共感やねぎらいの声があふれた。
こういった「マネジャーの本音」を書き込めるか否かは、オンライン上でやりとりされているコミュニケーションの雰囲気にもよるだろう。だが、マネジャーの本音に多くの社員が共感できたのは、オンラインというオープンな場での「心情の吐露だったから」だ。コミュニケーションの手段は対面だけではないことを実感した。
実は、わたしも最近、日報を書くついでに、その時々で感じている心情を意識的に吐露するようにしている。書き込みに対して「いいね」がつくと、少し癒される気分になる。
マネジャーも「ひとりの人間」
心理的安全性をはじめ、マネジメントのノウハウには、「メンバーを支えるために、マネジャーは〇〇のように接しよう」という情報が多くある。
一方、「マネジャーを支えるために、周囲の人は〇〇のように接しよう」という情報はほとんどない。なぜなら、マネジャーは「支える側」であり、「支えられる側」ではないという認識が一般的だからだ。
だが、マネジャーもひとりの人間だ。悩むこともあるし、負担を感じることもある。自分の負担が大きければ、メンバーを支援できないこともある。
そうなると、「だから、組織として考えよう」「会社として対応しよう」と言いたくなる。だが、主語が大きいと個人の行動は変わらない。職場にいるのは「組織さん」や「会社さん」ではなく、「わたし」と「あなた」だ。
時には、マネジャーの負担を想像すること。年齢や立場に関わらず、気になる人がいたら「〇〇さん、大丈夫ですか?」と声を掛けること。このように「自分ごと化」していくことが、大切なのかもしれない。
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執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。