長くはたらく、地方で
「地方で複業」は交通費支援だけでは足りません──「地域とのかかわり」が関係人口を増やすカギ
地方でNPO法人を運営しながら、サイボウズで副(複)業している竹内義晴が、実践者の目線で語る本シリーズ。今回のテーマは「地方で複業」と「交通費支援」の関係。
行政界隈で注目を集める「関係人口」。その増加を目指し2020年、政府は地方で複業をする人に交通費を支援する。だが、取り組み方によっては効果が期待できない恐れも。真の意味で関係人口を増やすためには、どんな視点が必要なのか?
政府は、東京圏に住みながら地方で複業する人に交通費を支援する制度をはじめるそうだ。日経新聞の地方での兼業に交通費支援 政府、3年で150万円上限によれば……
政府は2020年度に、東京圏に住みながら地方で兼業や副業をする人に交通費を支援する制度を始める。20年度予算案に計上した1000億円の地方創生推進交付金を活用し、1人当たり年間50万円を上限に3年間で最大で150万円を支給する。交通費が往復で1万円を超える場合、国と地方自治体がその半分を兼業や副業先の企業に助成する。
とのこと。
政府が「地方で複業」を推進する背景には、東京一極集中に歯止めがかからない現状がある。そこで近年、行政機関の界隈で注目を集めているのが「関係人口」だ。関係人口とは、「生活の拠点を都市部に置きつつ、地方と関わる人口」のことである。
この記事を読んで、わたしが最初に抱いたのは「2年前じゃ、考えられなかったことだな……」との、好印象だった。
というのも、私は2年前、地方移住はハードルが高い。都心で働く人には「地方複業」がベストではないかを書いた。このときはまだ、「地方で複業」という概念がなく、「片足だけ突っ込んだ地方での複業はあまり望まれていない」「住民票を移してもらわないと住民税も地方交付税も入ってこないので、あまり意義ない」といった意見が寄せられた。
その「地方で複業」に、「政府が予算を出す」というのである。
「地方で複業」を推進するにあたり、もっともネックになることの1つが旅費交通費である。地方、特に遠方に移動するためにはお金が掛かる。そういう意味では、政府の支援は「大きな一歩」といえる。これを機会に「地方で複業」の認知が進み、関係人口増加の取り組みが加速するかもしれない。
一方で、懸念に思ったこともある。「本来なら、交通費支援がなくても地方で複業は実現できるのにな」「交通費支援で、関係人口は本当に増えるのかな」「税金のバラマキにならないといいな」。
なぜなら、わたしはサイボウズで、特別な支援なしに地方を軸に複業してきたし、関係人口づくりを模索してきたからである。
サイボウズの複業に特別な交通費支援はない
ここで、わたしが経験しているサイボウズでの「複業と旅費交通費」について触れてみたい。
わたしは2017年より複業を始めた。現在は新潟を軸に週2日、リモートワークで働いている。東京への出勤は月1回だ。都市部の人が地方の企業で働く「地方で複業」とは逆のパターンだが、「遠方で複業する」という意味では、同じ構造である。
交通費は「通勤交通費の範囲内」である。「え?通勤交通費の範囲?どうやって?」と思うかもしれない。もう少し具体的に説明しよう。
サイボウズの場合、ひと月の通勤交通費の上限は5万円だ。週2日勤務の場合、フルタイムで働く社員と比べて、週の出勤比率は5分の2。わたしが使える通勤交通費の上限は2万円となる。
2万円あると新潟~東京間を1回往復できる。つまり、拠点が新潟だからといって「特別な手当」は支給されていなかった。
チームで仕事をするにあたり、わたしはこの「特別ではなかった」ことが、意外と大切だったのではないかと思っている。なぜなら、ほかの社員と比べて特別感あると、「あの人だけ、なんで?」といった不公平感が出てしまうからだ。
ここで、「特別ではなかった」と過去形にしたのは理由がある。
当初、東京オフィスへの出勤は「通勤交通費」の範囲内だった。しかし、オフィスに出勤すると、それに合わせて打ち合わせが入ったり、イベントに登壇したりするようになった。その結果、日帰りが難しくなるケースが増えた。
そこで、「必要な業務」を行うために人事と相談し、2020年1月より「出張扱い」とすることにした。ほかの社員が出張するときと同じように、毎月の出社に合わせて上司に出張申請し、許可を得たのちにオフィスに出社するのである。
もちろん、これはわたしの事例である。複業場所によっては、通勤交通費の上限を超える場合もあろう。
だが、ビジネスをしていれば「月に一回、遠方へ出張」はそれほど特別な話ではないし、通常の業務範囲であろう。ある程度業務に慣れたら「基本はリモートワークで、月に一回出社」の形にすれば、「地方で複業」は企業にとってそれほど負担ではないはずだ。
交通費を支援すれば、関係人口は増える?
もう1つの懸念「交通費の支援で、関係人口は本当に増えるのか」について。
前出のように、政府が「地方で複業」を推進する背景には「関係人口増加への期待」がある。都市部の人材が地方の企業で複業し、都市部と地方を行き来する。これによって、一見「人の流れが生まれる」ように見える。
だが、「交通費を支援したからといって、関係人口は増えないのでは?」とわたしは思っている。なぜなら、関係人口の増加には「地域との関わり」が必要だからである。
ここで、関係人口の定義について改めておさらいをしよう。総務省の『関係人口』ポータルサイトによれば……
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。
地方圏は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面していますが、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待されています。
とある。つまり、関係人口は地域外の人材が、地域の人々や地域づくりに関わることが重要で、関係人口を増やすためには「地域の中に入っていく」ことが必要なのである。
「地方で複業」での関係人口のつくり方
「地域との関係」を作ろうとするとき、きっかけが何もなければ地域の中に入っていくハードルは高い。だが「地方で複業」をはじめると、定期的に地域に訪れるため「仕事を通じた人間関係」ができる。
人間関係ができたら、「今度の週末、地域の行事があるんだけど、いっしょに行かない?」のように地域との関係をつくる。そうすれば、都市部の複業者はゆるやかに地域の中に入っていくことができる。
たとえば、新潟のわたしが住む地域には「賽の神(さいのかみ:通称どんど焼き)」や「秋祭り」などのお祭り、農道や水路などの整備をする道普請(みちぶしん)、運動会といったさまざまな地域行事がある。しかし、人口減少社会の今、これらの行事は地域の力だけでは維持が困難になりつつある。
だが、幸いなことに、こういった行事は年に数回だ。少しの手助けがあるだけで維持できる可能性がある。
このような行事にいっしょに参加すれば、「自分ができることで、地元や地域の役に立ちたい」と思っている都市部の人にとっては、地域の役に立っていることが実感できるに違いない。
そして、作業が終わったら、みんなでその土地のおいしいものを食べ、いっしょにお酒を飲み、語り合う。このようにすると、地域の人たちとの間に自然と関係ができる。しかも、楽しい。
また、このような機会を通じて、東京では知りえなかった「地方の現実」を知ることにもなろう。「自分の経験を生かして、地域の役に立てることはないか……」このようなことを考えるきっかけにもなるかもしれない。
このように「都市部と地域との関係」があってこそ関係人口だし、そのきっかけが「地方で複業」なのだ。
逆に、このような関係性の構築がなく、ただ、都市部の人材が「東京と地方を行き来するだけ」「地方の企業で働くだけ」では、地域との関係は生まれない。これでは関係人口は増えないのである。
真の意味で関係人口を増やすなら、交通費支援に加えて「関係性の構築」ができる設計やコーディネートが必要なのである。
「地方で複業」で、真の意味での関係人口構築を期待
今回の交通費支援の報道に、わたしのSNSのタイムラインには、一時、政府の発表を伝えるメディアのリンクであふれた。また、肯定的な意見も多かった。それだけ、多くの人が関心を集めたのは間違いない。「地方で複業」や「関係人口」を推進するきっかけになるだろう。せっかくの政府の支援。使える助成金は大いに使えばいい。
だが、助成金頼みだと、支援がなくなった時に「助成金が終わったので、地方で複業も終わりにします」になりかねないし、どんなに助成金を支出しても、関係人口が増えないのなら意味がない。
真の意味で「地方で複業」で「関係人口を増やす」なら、助成金に頼りすぎないことと、地域との関係性を築くことが必要なのだ。「地方で複業」の枠組みで、地方の企業と都市部人材とのマッチングをすすめる自治体や企業には、このような仕組みづくりを期待しつつ、わたし自身も取り組みたい。
文:竹内義晴/イラスト:マツナガエイコ
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執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。