サイボウズの「全員取締役化」どう思いました?──株式市場の専門家・東証にきいてみた
取締役を社内募集したサイボウズ。2021年3月28日の株主総会で、立候補した17人全員を取締役に選任しました。その中には新卒1年目の社員もおり、企業統治(ガバナンス)の新たな形として反響を呼びました。
一方で「そんなふうに取締役を選んで大丈夫なの?」「サイボウズが目指す、会社のあり方がよくわからない」という不安や疑問の声もあります。
そこで、東京証券取引所の取締役専務執行役員である小沼泰之さんと、サイボウズ副社長の山田理の対談を実施。多くの上場企業のガバナンスを見てきた小沼さんの目には、「サイボウズの取締役の社内募集(=全員取締役化)」はどう映ったのでしょうか。
企業の変化にともない、ガバナンスのルールも変化しつつある
山田さん自ら「サイボウズはぶっ飛んでます」と話していた通り、いい意味でぶっ飛んでいて最高におもしろかったですね。
でも小沼さんと話すなかで、東証も新しい市場区分をつくる(※)など、時代に合わせて柔軟に変化しようとしていることを知りました。
ひょっとすると、硬いイメージばかり先行して、東証が「本当に伝えたいこと」は、世間にあまり伝わってないんじゃないか、と。
※2022年4月4日より、現行の第一部・第二部・マザーズ・JASDAQの4区分から、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場の3区分となる
サイボウズは、全社員が「チームワークあふれる社会を創る」という共通の理想を持って会社を運営してきました。
そのため、たとえ常識外れの案だとしても、理想の実現に結びつくものであれば「こういうのもありじゃない?」と提案したくなるのだと思います。
ただ、取引所は共通のインフラみたいなもので、約3800社ある上場企業に共通の取り決めをつくる必要がある。そうすると、最先端を行く企業の期待に応えられない面もあるんですよね。
僕自身、取締役のあり方も含めて、会社法などガバナンスにかかわるルールに対しては、「もっとこうしてほしい」という気持ちもあります。
多くの人々の努力や議論の積み重ねで作り上げた法律ですが、現状に即した形を検討すべき部分も出てきていると思います。
情報の透明性が保たれているからこそ、全員取締役化に挑戦できた
取締役会には、組織の透明性や整合性を図るために、2人以上は社外取締役を入れるのが一般的です。でも、サイボウズは取締役17人が全員社員ですよね。
これは、根幹に「会社の業務を透明化して、社員間の情報格差をなくし、チーム一丸となって会社を運営していく」というサイボウズのスピリットがあるから実現できたのかな、と。
基本的にサイボウズでは、すべての情報がオープン。メンバー全員が普段の業務から重要な意思決定までアクセスできるので、悪いことをしようと思ってもできない。
だから、社員全員で組織の透明性や整合性を保てる環境があるかな、と。
そもそも「組織の一つひとつの意思決定に対して、自身の行動を正していこう」とメンバー全員が考えているかどうかが重要だと思います。
取締役でなくても、取締役としての役割をもつ意識でいてほしいんですよね。いわば、社員全員の取締役化です。
選出された取締役の性別や年代、職種などもバラバラですよね。
多様性や独立性(※)の観点からは、斬新な取締役の選出だと感じました。
※他者からのコントロ ールや利害関係の影響を受けず、独立した存在として公正不偏の態度を保持すること
取締役は、会社が健全に運営されるための1つの仕組みに過ぎない
ごく少数の人たちが会社を保持・経営し、大きな権力を持っています。そして、彼らから評価された人に権限が渡され、そのように出世してきた人が取締役になりがちだなと。
その結果、社内では上の人の顔色を伺って、気に入られることしか言いづらい雰囲気になっちゃうな、と。
だからこそ、取締役だけが意思決定や管理監督を行うのではなく、社員全員でできたらいいんじゃないかなと思っていて。そこが世の中の流れとの違いかな、と。
あくまで取締役は、会社が健全に運営されるための1つの仕組みに過ぎないので。
ただ、会社は株主だけでなく、従業員、お客様、サプライヤーなど社会全体の中で、中長期の理念を達成するための「社会の公器」だと思うんです。
だから、「短期でいかに利益を上げるか」という一部の株主からのプレッシャーだけに応えればいいわけではありません。
株主と会社の距離感や連絡の密度が、一般的な日本の会社に比べるとより密接で、価値観を共有している。
その中でこそ、今回の施策があるのだと理解しました。
そういう意味で、取締役に期待される役割も、実質的に幅広く求められるようになってきたのかな、と。
大株主=経営者という構造が分散化したら、取締役会の機能も変化する
個人的には、会社の内部と外部という隔たりをなくすことが必要だと考えています。
たとえば、一部の大株主がいる状態から、株式を分散してたくさんの株主がいる状態にするとか。
その意味では、今後は「一般の株主の権利がちゃんと守られているか?」を見るのも、取締役の機能になっていく気がします。
取締役には、「会社の活動が本当に社会貢献になっているか?」という株主からの問いかけに対して、応えていく姿勢が求められるようになる。
そのときに、取締役会のメンバーがどれだけ多様性に配慮しているか、さまざまな人の意見を反映しているかが注視されるようになるでしょう。
取締役会は、経営の意志決定や承認をもらうための場ではなく、別の意義も出てくるんじゃないでしょうか。
意思決定にかかわるだけでなく、そのプロセスを世の中に発信するメディア的な役割も、取締役の意義としてはありえそうですよね。
「社会の公器」となった会社の取締役には、社内だけでなく、社外に対しても情報をオープンにしていくことが求められるんじゃないか、と。
そのプロセスの中で、全社員参加型の議論をして、情報がオープンになっていけば、なお素晴らしいですよね。
個人的にも、取締役や取締役会が次のステージでどうあるべきかを自問自答していたので、お話を聞いてすごく勉強になりました。
社外の助言、気づきをどう取り入れていくか?
日本取引所グループ(東証の親会社)では過半数が社外取締役なんですが、彼らから「そういう発想があったんだ」と気付かされることも多くて。
特に、新入社員や中途メンバーの声が重要な意見となっていて、それも1つの「社外のアドバイス」と捉えられるな、と。
だから小沼さんのおっしゃる通り、外からのアドバイスや助言が大切ですし、そういう役割として取締役もしくは監査役も必要だなって思います。
東証が一般論としてよくお話しているのは、取締役会の「議長」を社外の人にお願いするやり方ですね。
経営会議の中身を見てもらって、「取締役会ではこういうことを議論するべきだ」という議題の抽出をしてもらうんです。
そうして外の目からの評価が入ることで、執行と監督の役割分担が期待されます。実際に最近、取締役会議長を社外の人にお願いするようなケースも出てきていますね。
長期的視点で社会貢献を考える、オープンな会社が少しずつ増えている。
これはある意味、欧米的な利益追求型のガバナンスと逆行する考え方だと思うのですが、小沼さんはどのような印象をお持ちですか?
実際に欧米では「短期的に利益が出ても、続かないんじゃ意味がない」と、行き過ぎた利益追求を反省する企業が少しずつ増えてきています。
その結果、「社会にとって、自分たちの会社は何のためにあるんだろう」と、長期的な視点で企業の目的や理念を考えながら経営をする動きが来ていますね。
欧米でも、ミッションステートメント(※)を掲げる企業が増えてきています。
社員一人ひとりがミッションステートメントを実践して、会社運営にかかわるような自律分散型の組織になっていると思います。
そういう意味で、サイボウズの考えは世界の流れに沿っているのかなと思います。
※企業・従業員が共有する価値観・社会的使命であるミッションを、実際の行動指針や方針として、より具体化したもの
もちろん、大きな組織ではヒエラルキー型のほうが意思決定が速い場合もあるし、業界によってもだいぶ違うと思います。
しかし、全体の割合としてはフラットな組織へと移行しているのではないでしょうか。
社会の変化の中で、株主と会社の経営者、あるいは従業員の方、それを取り巻くいろんな関係者の方々とのコミュニケーションの取り方や関係はどんどん変わっていくでしょう。
今回の対談で改めて、そうした社会の変化を見据えておかないといけないと感じました。
「フラットな組織」はガバナンスの土台にもなる
ヒエラルキー型の組織自体が悪いのではなくて、意思決定する人に情報が集中していることや、ヒエラルキー上位の人が情報をコントロールしていることが問題だと思っています。
情報格差がないことが大事であって、権限の格差はあってもいい。まさにそこがコーポレートガバナンスに直結していくのかな、と。
親しみを込めて「社長~!」「●●さん〜!」と、フランクに呼ばれている会社はいっぱいありますから。
企画:神保麻希(サイボウズ) 執筆:中森りほ 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
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