20代、人事と向き合う。
働き方の価値観が変化するいま、テクノロジーが「人間らしい働き方」実現のカギとなる──佐々木俊尚×髙木一史
サイボウズ人事部の髙木一史は、「社員が閉塞感を覚えず、幸せに働ける会社をつくりたい」という想いから、初の著書となる『拝啓 人事部長殿』を6月17日に上梓しました。
書籍ではテクノロジーを活用し、会社との多様な距離感・自立的な選択・徹底的な情報共有といった風土をつくることで、個人の幸せと会社の理想実現を両立できるのではないか、という仮説を提示。これを「インターネット的な会社」と呼んでいます。
この仮説をもとに、髙木がこれからの働き方について、多様な分野の方々と議論を交わす企画「20代、人事と向きあう。」がスタート。
今回の対談相手は、テクノロジーを活用してノマドワークや多拠点生活など、新しい働き方を実践している作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さん。「テクノロジーが個人の働き方や会社にどのような影響をもたらすか?」をテーマとして、語り合いました。
個人の自立的な選択を大切にする「インターネット的な会社」で、組織はどう個性を見抜くか
従来の一般的な日本企業、特に大企業には、一律平等なしくみと、3つの風土があるとわたしは考えています。
①フルコミット:会社に何もかもを捧げることが美徳とされること
②ヒエラルキー:選択の余地がなく会社・上司の命令には絶対に逆らえないこと
③クローズ:会社に(正社員として)入れなかった、あるいは、一度会社を出てしまった人は、二度と会社のメンバーシップの内側に入れなくなること
これにより、日本社会の構造面の課題も漸進的にクリアしつつ、多様な人を受け入れ、個人の閉塞感をなくし、同時に企業の持続的な成長を促すことができるのではないかと著書では記しました。
これについて、佐々木さんはどう思われましたか?
大量生産時代から始まった日本の新卒一括採用・終身雇用システムが現代社会に適合しなくなり、その解決の糸口として「インターネット的な会社」があることには同意します。
ただ、個性を尊重する上で、会社側は各個人の個性をどう見抜き、仕事をマッチングさせるのかという問題もあって。
個人が個性を表明し、個別に仕事とのマッチングを図って実力を発揮しないといけないとなると、コミュニケーション能力の高い人ばかりが偏重されるという、いびつな構図も生まれてしまうと思うんです。
デジタルツールが得意な人、そうでない人がいて、新たな閉鎖性を生み出さないために、どう包摂していくか。何事にも両面があるからこそ、そこをどう解決していくかは課題になりますね。
でも、それって人数が少ないから成立するのではないかと。規模が大きくなれば、「パレート(80:20)の法則」で常に一定数の働かない人は出てくるように思います。
これはおそらく、能力ではなくモチベーションが低くなってしまうことが問題で。巨大化していく組織の中で、どう自律分散とうまく融合するか、現状有効な解がないのではないか、と。
その課題に対しては、企業と多様な距離感を取ることが一つの解にならないかな、と考えています。
一つ印象的なのが、サイボウズの元営業部長が、フルコミットから働く量を40%減らし、業務内容も変更して、複業を始めたのですが、そちらのほうが楽しく働けて収入も増えたという話。
自分の能力が発揮できる場所がいくつかあると、貢献している実感を持てる機会が増え、モチベーションも保ちやすいのではないかと思います。そういうサードプレイスが増えるといいのかもしれません。
多様な働き方が広がるいまこそ、仕事の優先順位を決め、人間関係を円滑にするマネジャーが重要
広告・Web業界で働く30代の知り合いも「業界の流行をキャッチアップし続けたいから、管理職に就きたくない」と話していて。
給料はしっかり欲しいけれど出世欲はなく、自分の専門性を武器にいろんな組織を渡り歩き経験を積みたい、という価値観なんですよね。
会社側がその状況に対応できないまま、働く人の意識が前に進んできているように感じています。
Googleも初期の頃、自律分散型組織にするためマネジャーを廃止しましたが、「マネジャーが必要だ」と外部のコーチに助言されたことがあって。
実際現場のエンジニアにヒアリングしたら「バッティングした仕事の優先順位をどうつけるかなど調整役がいないと、仕事が回らない。マネジャーは絶対に必要だ」と。結果的にマネジャーを戻したそうです。
いま求められるのは、チームのモチベーションを上げたり、人間関係をよくしたり、仕事の優先順位を決めたりする役割。
実際、会社によってはマネジメントを外部発注するケースもあり、専門職という見方もされてきています。マネジャーはもっと別途採用してもいいと思います。
他国だと、管理職は基本的に相応の資格を持ったエリートが就くもので、非管理職の人は中高年になってもずっと非管理職、というのが普通です。
これまでの会社は一律的なルールに基づいて調整してきましたが、「インターネット的な会社」はまさに流動的です。
一律的なルールが通用しないからこそ、マネジャーの専門性がより大切になるでしょう。
テクノロジー社会が進めば、より人間性がフォーカスされる
就業規則や労働協約などを一律のルールにしているのは、雇用契約を個別管理するのが難しかったためですよね。
一方サイボウズでは、アプリケーションで雇用契約書を個別管理することで、100人100通りの働き方を実現しています。これって情報技術が発達したからできたことなのかな、と。
たとえば、ウェアラブルデバイスを用いて、社員の動きを記録・調査することで、目に見えないコミュニケーションの量や動きを可視化できるでしょう。
すると、特段目立った功績はないものの実は潤滑油としてチームを支えているメンバーなどにも、スポットライトが当たるかもしれません。
そんなふうにテクノロジーによって、人間の見えない貢献度を測れるという可能性も出てきているんですよね。
そうした仕事がなくなるのが、「人間味が失われる」ことにつながるのか、という話で。
経済学者の井上智洋さんが執筆された『人工知能と経済の未来』でも「AIが進化した先に残る仕事は何か」という問いに対し、「クリエイティビティ」「マネジメント」「ホスピタリティ」が必要な仕事と書かれていました。
「ホスピタリティ」って、要するに人間性。テクノロジー社会が進めば、人間性がよりフォーカスされるようになるのは必然かもしれません。
というのも、テクノロジーが人間のコミュニケーションを支援することで、より粒度の高い情報が得られるから。
サイボウズだとkintoneを使うことで仕事のやり取りがオープンになっているだけでなく、「分報」によって個人の意見や気持ち、趣味や好きなものなども公開されています。
そのため人に対する解像度が高まり、仕事を頼みたい時などに、適切な役割分担がしやすくなっているように感じます。
働き手の手応え、納得感を得るための仕組み作りが必要
一方、現場で働くエッセンシャルワーカーの仕事・働き方もテクノロジーによって、変わっていくのでしょうか?
これは単に業務が効率化されるだけでなく、データを使った別の新しいビジネスが生まれる可能性にもなります。
※電波を用いてICタグの情報を非接触で読み書きする自動認識技術
たとえば、これまで社会的に低く見られがちだった仕事の社会貢献度をテクノロジーによって可視化する。それによって、働く人のモチベーション・インセンティブを上げられるのかな、と。
僕の周りの大企業で人事をやっている人からも、自分の仕事が社員のどんな役に立っているのかがフィードバックされないので、「自分が会社に対してどれくらい貢献できているのかわからない」という話を聞くことがあります。
一方サイボウズでは自分が起案した制度について、社員がオンライン上で反応しているため、検索すればすぐに見られる。自分がどんな貢献ができているかわかるので、やりがいにつながるんです。
制度を作る上で、議論の可視化に力を入れている企業もあって、社員が“参加してる感”や“納得感”を持つことが、実際の制度運用によい影響を与えるのだと感じました。
テクノロジーによって物語を可視化し、いっしょに参加し、共有しているという感覚を作り出すことが大事なんでしょうね。
低成長時代に個人がどう幸せに生きていくか?
特に「インターネット的な会社」は企業の成長にどうつながるのか、ということをお伺いしたくて。佐々木さんはどう思いますか?
そして、かつてのような急成長は望めない低成長時代のいま、どうやって個人がよりよい人生を送るか。
まずはその前提を議論したほうがいいのかもしれません。
いまって本人が望むと望まないとに関わらず、一律に会社内で上を目指さざるをえない状況に置かれている人も少なくありません。でも、その状態はいつかきっと破綻するんじゃないかなと思っていて。
そうならないために、個人がよりよい人生を送るための働き方を選べるようになればな、と。
彼は「新人のアシスタントが言われたことしかやらないけど、仕事内容と給料に満足していて、向上する気や昇給する気もないならそれでいいのかもしれない」と言っていたんです。
成長したいからこそ、人は言われていないことまでやるわけだけど、全員がそう思っているわけではない。そこの願望を調整するのが実はマネジャーの仕事なのかもしれませんね。
サイボウズは社員の育成方針として、成長したいかしたくないか、本人が選べるとはっきり言っていて。
ただ難しいのが、まだ経験が浅い段階で成長したくないと判断してしまうと、能力が磨けず、結果的に本人が困るケースも考えられることです。
とはいえ、いまは叩き上げでがむしゃらに働いてもらって、その人の能力を開発する時代ではありません。
これまでお話してきたように、テクノロジーを生かして個人の潜在的能力を発見し、会社として能力を発揮できるような仕組みをつくることが大切でしょう。
僕も新卒時代、絶対に人事だけはやりたくないといっていたのに配属されましたが、いまは本を出すくらい人事の仕事にハマっていますからね。何が正解かは正直わからない部分もあります。
多様な働き方を認めつつも、個人の能力も開花させるような仕組みづくりが、今後人事やマネジャーに求められるのかもしれませんね。
『拝啓 人事部長殿』(著:髙木一史)
トヨタを3年で辞めた若手人事が、「どうすれば日本の大企業の閉塞感をなくせるのか?」という問いを掲げ、その回答を手紙形式でまとめた1冊。12社への制度事例の取材、日本の人事制度の歴史、サイボウズの変革の変遷を学ぶ中で見つけた「どうすれば会社は変わっていくことができるのか?」「これからの組織に必要なものはなにか?」を提案しています。
企画:高部哲男(サイボウズ)/執筆:中森りほ/編集:野阪拓海(ノオト)/撮影:栃久保誠
20代、人事と向き合う。
人事の仕事とはなんでしょうか? サイボウズの20代若手人事の髙木一史は、人事の仕事は「会社の理想と個人の幸福を両立させること」だと先輩たちから教わってきました。しかし、いま会社の理想も、個人の幸福も多様化し、唯一の正解を見つけづらい時代になってきています。そんな中で、これから会社はどう変わっていったらいいのでしょうか。6月17日に人事に関する書籍『拝啓 人事部長殿』を上梓した髙木が、若手なりの視点で掘り下げます。
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