「100人100通りの働き方」を掲げる会社・サイボウズ社長の青野慶久に、東京農工大学リーディング大学院の学生が質問を投げかけました。多様性なんてないほうが、うまくいくのでは? 大企業にも多様性の考え方は広がる? 若者たちからの直球の問いかけに、青野社長が直球で答えます。
*この質疑応答は、東京農工大学リーディング大学院特任准教授・坂根シルックさんの依頼で行われた、青野社長講演会のあとに行われたものです。
ビジョンを伴わない多様性は、ただのカオス!
サイボウズでは「多様性」を大事にしていますよね。これって一見いいですけれど、人数が増えたときも、そのままで大丈夫なんですか? バラバラになっちゃったりしませんか?
はじめに、なんでサイボウズが多様性の考え方に行きついたかを話すと、昔一時期、離職率がすごく高かったんですよ。これをなんとか引き下げるためには、みんなに「ここで働きたい」というモチベーションを持ち続けてもらえるように、「100人100通り」の働き方を実現する必要があると考えた。つまり「多様性」の考え方が必要だと気づいたわけです。
でも、多様なだけだと、ただのカオスになってしまう。多様性がある組織を作ったときに一番大事なのは、「みんなが共感するビジョンがあること」なんです。
たとえば、「少林サッカー」でもなんでもいいんですけど、スポーツ映画なんかで、個性的なプレイヤーがいっぱいいる。最初はなんにもまとまらないわけです。
ところがある日、みんなが「勝とう」と思う瞬間がくる。「次の大会は、絶対勝とう」っていうひとつのビジョンにみんなが向かった瞬間、それぞれの個性というものが強みに変わるんですよね。
それぞれが個性を生かした役割分担で、お互いをカバーしあいながら、突き進んでいける。それが、一番大事なところ。
ううむ。
サイボウズではそのビジョンを、「グループウェアで世界一の会社にする」という一点に絞り切ったんです。つまり、このビジョンに共感する人だけ残ってくださいということ。これに共感する人しか、この会社に入ってこない、ということでもあります。
この強いビジョンがあれば、人が多様であっても、いろんな役割を果たしていくことができる。みんなに共感してもらえる柱となるようなビジョンを、いかにして作り、持ち続けるのか。基本的には、それがすべてだと思ってます。
ところがね、日本の企業にはそういうビジョンがないんですよ。たとえば大企業で、「来年の売り上げを5兆円にする」なんていうビジョンを掲げても、共感しないなあと思う。5兆円になったところで、何がおもしろいのかよくわからないですよね。こういうのが、弱いビジョンです。
小さい企業でも同じです、規模とはあまり関係がない。
夫婦だって「幸せな家庭を築こう」みたいな共通のビジョンがなくなったら、すぐバラバラになりますよね。2人しかいないのに。
大事なのは「共感できるビジョンがあるかどうか」ということ。徹底的なビジョンマネジメントこそが、必要です。
採用難が、大企業の頭を切り替えていく?
育児休暇とか夫婦別性とか、多様性を認める考え方には僕もすごく賛成なんですけれど、大企業にはまだそういう考え方が広がっていないように感じます。これから変わっていくんでしょうか?
変われる企業もあれば、変われない企業もあるし、相当変わる会社もあれば、ちょっとしか変わらない会社もある。そこは、幅があると思います。それはいい悪いじゃなくてね、そういうもんだろうと。
ただね、今、労働者人口が減り始めている。これが皮肉なことに、追い風になっています。子どもがバンバン減って、毎年学生が減っているので、会社にとっては採用が厳しくなっているんですね。
そこでもし会社をやめていく人が多ければ、同じ分だけ人を採用しないといけないんですけれど、それが難しくなっている。特に地方がひどくて、小売業でも、パートの人すら採用ができないというんです。
ああ、なるほど。
するとどうなるか。会社が考え方を変えないといけなくなるわけです。
今までだったら、短時間で働くパートの人は、いくらでも集められると思っていたかもしれないんですけど、そういう人たちも大切に扱っていかないといけない。
育児や介護をしながらでも働き続けられる環境にしていかないと、そもそも会社が維持できなくなっていくんですね。
そのことに、頭のいい経営者は気づき始めています。
たとえばユニクロさんも、最近は「地域限定社員」や「週休3日制」を打ち出している。リクルートさんもいまは、「全員在宅勤務」の制度なんかも取り入れています。
そんなふうに、頭を切り替えられる会社は生き残っていく。他方で、それができないところ、長時間労働・男性中心みたいな価値観だけでやっているところは、残念ながら先細りになっていくでしょうね。今、ちょうどその変革期にきていると思います。
自分と違う考えの人を「攻撃」する必要はない
先日、青野社長の「『多様だからみんなハッピー』とは一概に言えない」という記事を拝見して、お互いが受け入れあってこそ、多様性の強みが発揮されるんだな、と感じました。でも、なかには「多様性」というものを受け入れない人もいますよね。お互いを受け入れあうためには、どういうことに気を付ければいいんでしょうか?
これはね、けっこう難しいです。「多様性を尊重しますよ」というと、どんな人とでも仲良くしないといけないと思いがちなんですけれど、そんなこともない。合わない人と、無理に仲良くする必要はないと思うんです。
だからといって、攻撃する必要もないんですよね。自分がその人の考えを気に入らないからといって、暴力を振るったり、言葉で攻撃したりしてしまうと、相手の反感を買ってしまうわけです。すると、相手から暴力を振るわれたり、批判を受けたり、反撃されることになる。これって、あんまり生産的じゃないよね?
そうですね。
多様性がある社会がうまくいくのには、お互いが違うことを認識して、自分が好きなようにするんですけれど、自分と違う人を排除する必要はないということ。そういう人はそういう人として、共存できる道を探していくと。
それはもちろん暴力によってではなくて、議論や話し合いによって解決していくことが必要じゃないかな、と思います。
「こうじゃなきゃダメ」は、多様性が失われている
教員の梅村と申します。いま、男性も女性も家事・育児をする風潮が高まっていて素晴らしいことだと思うんです。けれど一方で、そうじゃない状況の人たちもいる。
たとえば結婚も出産もしていない女性も増えている。そういう人が、肩身の狭い状況になっていくんじゃないかと感じる時があります。その辺りは、どんな風に考えていらっしゃいますか?
まさに、そこが「危ないな」と思ってます。たとえば「イクメン」という言葉が流行ると、「男性はイクメンじゃなきゃならない」みたいになりがちなんですけれど、「それじゃなきゃダメ」となった瞬間に、多様性はすでに失われている。
そうではなく、「結婚するのもいいよね、しないのもいいよね」「子どもを産むのもいいよね、産まないのもいいよね」。夫婦の役割分担についても、「家事は妻がメインでもいいよね、夫がメインでもいいよね」というふうになっていくといいですよね。
その答えは、1人ひとり、それぞれの家庭にしかないもので、誰か他人が決めるようなものではない。
それが下手をすると、「結婚しないといけない」「子どもを作らないといけない」「男女で育児は平等に分担しないといけない」というふうになってしまうんですけれど。
もっと、多様になればいいなぁと思うんですけどね。
そうですね。
ワークスタイルムービー「大丈夫」の動画を出した時にも、なぜか「こんな動画を作って、専業主婦のことを軽視しているのか」という声があったんですけれど、「いやいや、そんなこと誰も言ってませんから!」っていう(苦笑)。
その方はたぶん「あるひとつの形じゃないとダメなんだ」みたいな感覚が、潜在意識の中にあるのかもしれないですね。
この社会のなかには、なにかその時のモデルケース、価値観を作りたい、みたいな風潮がありますしね。
そうですね。そういうモデルケースを見て、「あれいいな!」と思うこと自体は、全然多様性を否定していないんですけれど。「そうじゃなきゃいけない、ほかはダメだ!」となってしまうと、多様性が失われますね。
「いろいろあっていいんだ」みたいな多様性の感覚を、どうしたら身につけられるんでしょうかねえ。
アメリカの西海岸って、多様性のかたまりみたいで、すごくおもしろいんです。街を歩いていると、いろんな言葉が飛び交ってるし、人種もいろいろで、むしろみんながイメージするような白人の方が少ないんじゃないかというくらい。あそこに、なにか、ひとつの未来を見るんですよね。
でも、それだって完全にうまくいっているわけではない。一本奥の道に入ると貧困街があったりして、それはそれで解決されていない問題があったりはする。なので、多様性に向かっても、また次の問題が出てくるだろうとは思います。
そこで必要になるのは、まさに、共通のビジョンです。どんな社会にしたいのか、ということ。「格差はこのくらいの幅までにしときたいね」とか「出生率は、少なくとも2に近いところにもっていきたいよね」といった、社会としての共通ビジョンを持った人が、コミュニテイを形成していくと。
そうですね。
今、日本の社会も確実にそっちに向かっている気はします。時間はかかりますけれどね。もう一世代くらい回ってみんな(学生さんたち)が40代、50代になってくると、ずいぶん世の中変わっているんじゃないかな。そんなふうに、期待はしています。
文:大塚玲子/写真:尾木 司
カテゴリー: サイボウズ, 働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。
タグ: 青野慶久