多様性の考え方は、どうやったら身に着くもの? 前回に引き続き、「100人100通り」を掲げるサイボウズ社長の青野慶久に、東京農工大学リーディング大学院の学生さんたちが質問を投げかけました。多様性をどう教えるのか? 育休から戻った人に仕事はあるのか? 若者たちからの直球の問いかけに、青野社長が直球で答えます。
*この質疑応答は、東京農工大学リーディング大学院特任准教授・坂根シルックさんの依頼で行われた、青野社長講演会のあとに行われたものです。
「あなたは、どうなりたい?」を考え続けてもらう
いまの日本の教育の中では、「多様性」って身につかない気がします。みんな同じようなレールの上を走って、「みんな仲良く公平に」と教育されてきている。青野さんの会社では「多様性」という価値観を共有するために、何か教えているんですか?
ほんと日本の学校って、多様性を認めていないですよね。そういうところで過ごしてきた人たちが、サイボウズに入ってくる。
だから、「あなたは、どうなりたいんですか?」ということを問うようにしています。これをみんなに、半期ごととかで考えてもらっている。
サイボウズってよく「選択肢がいっぱいあっていいですね」と思われるんですけど、実際はそんなに優しい環境ではないんですよ。「選べる」ってことは、「責任が発生する」ってことだから。
「朝9時に来い」とか「夜10時まで働け」と言われれば、言われた通りやっとけばいいだけで、実は楽なんですよ。何も考えなくていい。
でもそれが「朝、何時に来てもいいです」「何時に帰ってもいいです」と言われた瞬間に、「えっ、僕、何時に来たらいいんですか!?」となって「知らん」と言われる、これがサイボウズなんですね(笑)。
「好きに選んでいい、でもそれは選んだあなたの責任ですよ」ということですから、結構厳しい。これを「自立」って言います。多様性を維持するには、その自立を、みんなにしてもらう必要があるんです。
自分はどんな風に働きたいのか? 人生において何をやりたいのか? 自分はどんなことをモチベーションとしていて、それを得るために何をするのか?
これを考えて、選択してもらわないといけない。そのトレーニングをすることが、僕たちの仕事かなと思います。
「こうしなさい」とほかの人を縛りたくない
いまの質問とも重なりますが、やっぱり日本で普通に育ってきた人が「多様性」の価値観を持つって難しいと思うんです。
外国で暮らすとか、異なる環境に移る経験があると自然と多様性を知ると思うんですけれど。青野社長は、どうやってその価値観を身につけられたんですか?
僕自身はけっこう普通に育ってきたんですよね。外国も行ってない。めっちゃ田舎で、片道1時間くらいかかる学校に通って、兄と僕は“放牧”のように育ってきた(笑)。だから特に多様性を学ぶ環境があったわけではないんです。
ただ、「言われたことをやりなさい」っていうのが、ずっと苦手でした。人にあれこれ言われて、何かしたくない。宿題とかすごい苦手で、手が止まっちゃうんです、やろうという気持ちはあるんですけど。
そういう感性が、多様な存在を受け入れる土台に?
そうですね。僕の基本的な価値観は、「おれは好きなように生きたい。だから、あなたもそうすればいいんじゃないですか」ということ(笑)。
だから僕は、ほかの社員の人たちに「こうしなさい」とか言って、あんまり縛りたくないんですね。たぶん心のどこかに、それがあるんだろうと思います。
相手との関係性で見えてくるものもある
青野さんは「イクメン社長」として有名ですが、ご夫婦の関係性のなかで育まれてきた部分もあるんじゃないかと思います。いろいろなことを、ご家族で話し合ったりして決めているんですか?
あぁ、こういう話をしていると、わが家のチームワークもうまくいっていると誤解されがちなんだけど、まったくうまくいっておりません(笑)。
帰ったら僕はもうとにかく、妻の言うことを聞かないといけない。共通のビジョンを作ろう、とか言い出したら、「は?」みたいな。そんなもんですわ。(一同笑)
でもね、おっしゃるとおり、関係性のなかで作られる部分というのはありますね。たとえば僕、畑さん(サイボウズをいっしょに立ち上げたプログラマー。大学で1年上の先輩だった)と接していなかったら、プログラマーになっていた気がするんです。
たまたま、この世代を代表する畑さんというものすごいプログラマーが身近にいたから、プログラマーから離れて、自分の別の個性を探しにいった、その結果、僕は今ここにいる。
それと同じで、いま「イクメン社長」と呼ばれてますけど、もしほかの相手と結婚していたら、絶対にこうはなっていない。自信がありますよ。
子どもも欲しいと思ってなかったし、「仕事で死ねればそれでいい」と本当に思ってましたからね。それが今は3人のパパですよ! 不思議ですよね、人生何があるかわからない。
できる仕事=育休後に戻れる場所を増やしておく
育休について伺いたいです。育休を取っている間、その人の仕事をだれかほかの人が埋めなきゃいけないですよね。そうすると、育休を取った人が職場に戻ってきたとき、仕事があるんでしょうか?
いまのご質問は、ポイントが2つあると思います。
まず、ある人が育休をとったとき、その人がやっていた仕事を、ほかの人がやらないといけないのかどうか? 実は、そこからわからない。
たとえば、ドイツの人はけっこう長く育児のために休みを取るそうなんですね。「その人がいない間、その人の仕事は誰がやるんですか?」と僕が聞いたら、「それは(ほかの人には)できませんよ」と答えるんです。
日本人だったら、「えぇっ? ふつう誰かカバーするでしょ」と思うんですけれど、「だって休みに入ってるんだから、しょうがないでしょ」と(笑)。それはカルチャーショックでしたね。日本だったら、怒られそうな話ですよ。つまり彼らは、「必ずしも(ほかの人がそれを)やる必要がない」と考えているんですね。そこで「必ず」やろうとすると、相当負担が大きい。その負担を負ってまで本当にやる必要があるのか? そこは1度、疑ったほうがいい。
そうですね。
もうひとつ「戻ってくる場所があるのか」と、これはけっこう大事な問題ですね。誰かほかに、その人の仕事をやってくれる人ができたとする。そうすると、戻ってきた人がもしその仕事しかできないと、やる仕事がないわけですよね。
なので、大事なのは「2つ以上の仕事ができるようにしておくこと」。産休に入りそうな人は、早めに2つ以上のキャリアを経験していただくということを、いま人事のひとつの方針としています。そうすると仕事の幅が広がって、育休のあとに戻れる場所の可能性が増えるんですよね。
戻ってきてから新しい仕事を始めるのだと、子育てで大変な時期に余計負担がかかるので、早めにいろいろな仕事を経験してもらっておくようにしています。
「真剣」になれることは探し続けなければならない
講演で「真剣」ということについて、お話されていました。青野さんのように「真剣になれること」を見つけられる人ばかりでなく、一生見つけられない人も多いと思うんですが、何が違うんでしょう?
僕は1度会社の業績を悪化させて、社長をやめようと思ったことがあるんですけど、そのときに松下幸之助さんの本にあった「本気になって真剣に志を立てよう」という言葉を読んで、すごい衝撃を受けたんです。「真剣」って、「真(まこと)」の「剣(つるぎ)」ですからね。
つまり「命をかける」ってことです。自分は、そこまでの思いで仕事をしてきたか? と考えてみたら、全然そんなことはなかった。
だから、これからは命をかけて仕事をしようと思って、命をかけられるものは何かと考えた。そこで「世界一のグループウェアを作る」ということに行き着いたんですね。
でも、まだやっぱり探しているんですよ。状況は変わっていくので、ずっと探している。
去年の今ごろ、僕けっこう悩んでいたんです。先のことが見えちゃって、めっちゃ落ち込んでいた。そこからまた真剣になれるものを探そうと思って、情報発信を始めたら、社会を動かせる実感が湧いてきて、「あ、これだったら、僕はまた真剣になれそうだ」と思えた。
こういうのを、一生繰り返していくと思うんですね。
最初から「一生真剣になれるもの」を探そうと思ったら、それは大変だと思うんですよ。だから「5分真剣になれること」を探す。
人生ってしょせん、5分の積み重ねなんですね。5分を積み重ねている間に、もしかしたら1時間ぐらいは真剣になれるかもしれない。1年、いや3年は真剣になれるかもしれない。それが長くなれば、人生ずっとこれで真剣になれるのかもしれない。
そういうのが、だんだん見つかっていくのかな、と思いますけどね。それは、探し続けないと、なかなか難しいですよね。ずっと自問自答をしていないといけない。
それが見つかると、ある意味「覚悟ができる」んですね。「僕は今、なにをするべきだろうか? よし、世界中でチームワークにあふれる社会を作るためには、これはやった方がいい、たぶんこれはやらないほうがいい」っていうふうに、常に、自分の判断軸ができるんです。
教員の工藤と申します。平の社員をチームリーダーなどの役職に任命すると、意識が変わりますよね。地位が上になったら、自動的に真剣にならざるを得ない。そういう意味で「ポジションが人を作る」と僕は思っているんですが、それと同じではないですか? ご自身の経験から、いかがでしょうか?
僕、大企業の社長がいかに真剣じゃないかを見てきたんですよ(一同笑)。役職が人を作るときもありますけど、作らないときの方が多いですかね。
逆に、役職にかかわらず真剣な人もたくさん見てきました。
ただ、真剣な人の周りに人は集まってくるので、そういう人がリーダーになっていくケースは多いと思います。たとえば駒崎さん(NPO法人フローレンス代表)みたいな人の周りには、「なんとか助けよう」と人が集まって来る。そういう人がリーダーになりやすい。
でも、社長になったら真剣になるかっていうと、相当怪しいですね(笑)。
「選択」できることが「責任」につながる
あっという間に時間が過ぎました。最後に、今回のお話をうかがってわたしが思ったことをお話させてください。
私も以前、ノキアというグローバル企業で働いていました。ノキア社ももともとは紙を作る会社でしたが、その後、長靴を作ったりして、いろいろな事業をやった。そこからサイボウズさんと同じように、「通信で行こう」とビジョンをひとつに絞って決めたところから、成長していったんです。
だからやっぱり「これをやっていこう」とビジョンを絞った、青野社長の熱い気持ちが成果を生んでいるんだろうな、というのはすごく思いました。
もうひとつ、「選択できることは、責任につながる」ということ。そこは本当に、これから若い人たちが自分でやりたいと思ったことに責任を持ってやっていくうえで、大事なことです。青野社長の素晴らしい経験を聞けたことは、きっとみんな今後の役に立つと思います。
どうもありがとうございました。
文:大塚玲子/写真:尾木 司