「副業とか、してみない?」「僕が、ですか……?」
松村さん、ひとつ提案があるんだけど。
なんでしょう?
考えたんだけどね……。
はい。
副業とか、してみない?
え……? 僕が、ですか……?
サイボウズの執行役員である松村克彦が、51歳にして、社長の青野慶久から「副業」の提案を受けました。なぜ執行役員が、この年齢にして副業を? 松村はどんな仕事を始めるのか、そして副業をすすめた社長 青野の狙いは……。
二人の思惑が交錯する「副業物語」が今年の1月、ひっそりと幕を開けたのです。そこにはどんなストーリーがあったのでしょうか。お二人を別々に取材をして、当時の心境を伺ってみました。
「『会社に必要ない』と言われた気がした」。松村さんの心境
松村さんは、執行役員というポジションで現在51歳。本来ならこのまま定年までサイボウズにいるつもりだったのではないかと思いました。副業の提案を受けたとき、正直、嫌だったんじゃないですか……?
「嫌」というよりは、「ショック」という感覚でした。サイボウズに勤めていることが自然だったし、それが今後もずっと続くと思っていましたので。
社長からの突然の「副業」の提案。すんなり受け入れられたのでしょうか?
青野から提案をもらう以前から、「副業は会社に必要な制度だよね」とか、「50代の労働力が固定化しているよね」という話はしていましたし、一般論では理解していたんです。 でも、まさか自分がしろと言われると思っていなかったし、いざ「松村さん、副業どう?」と言われると、さすがに「うーん、もしかしたら、俺、会社に必要ないって思われてる……?」と感じてしまいましたね……。
そのショックから、どのように立ち直って、受け入れていったのでしょうか?
副業の提案を受けたのが2016年の1月で、そこから2カ月くらいは、自分の仕事が認められてないじゃないかという想像と、いや会社としてもチャレンジすべき分野なんだという、心と頭の葛藤を整理する時間が必要でした。 あくまでも業務命令ではなく「提案」だったので、「いやいや、僕はサイボウズ一筋なんで」と断る選択肢もあったんです。でも、提案にはきっと意味があると思ったし、せっかくだから、じっくり整理してみようと思いました。
そのときの青野さんの心境は……
松村さん、副業の提案がショックで、2カ月ほど悩んでいたのだそうです。
え! そんなに悩んでたんだ!?(笑)
青野さんは、なぜ松村さんに副業を勧めたのでしょう?
彼の性格や行動を見ていて、次のステップには副業がいいんじゃないかと思ったんです。僕は社長なので、直接の部下である役員メンバーがどうしたら成長するかいつも考えているんですけど、僕の部下って、ヤンチャな人が多いんですよね(笑)。ヤンチャな人は、好き勝手できる「場」を渡しておけば勝手に成長するんですけど、でも、松村の場合はバックグラウンドがちょっと違ったんです。
松村さんは、銀行から転職されてサイボウズに入社したんですよね。
そう。彼はいわゆるエリートで、メガバンク出身の銀行マン。まさに『半沢直樹』的な人生を歩んできた人です。サラリーマン気質が強いぶん、僕の言うことは必ず守るし、火事場の力もとても強くて、問題が起こっても絶対に逃げずに向きあえる。ほかの執行役員とは違った特性を持っていました。だからこそ、ほかのメンバーとは違うステップを提供しなきゃいけなかったんです。
それで松村さんに「副業」というステップを提案されたんですか?
こういうタイプの人間には、僕からある程度具体的な提案をして、成長を促す必要があると思いました。でも、それが「副業」という選択肢になるまで、2年近くかかりましたね。
2年も考えられたんですか!
僕自身の発想も貧困だったんでしょうね。「副業」というアイデアが出るまで、松村さんに次のステップを用意してあげられず、ずっと悩んでましたね。
悩んだ末に出てきた答えが、どうして「副業」だったのでしょう?
彼は「社長室」という部署にいるのですが、この部署の取り組みである「社外と接点をもつ活動」を、かなり精力的に楽しそうにやっていたんです。それを見て、「ああ、この人はもっと社外に出ていいんだ」と確信しました。そこで、いつまでもサイボウズの社員じゃなくて、もう外に出るつもりでやれよって、背中を押してみることにしたんです。
松村さんが悩んだ末に見つけた「やりたいこと」
副業の提案から2カ月間悩み続けて、そこからどのような心境の変化があったのでしょうか?
ある日、「これ、もしかしたらチャンスなんじゃないかな?」と思ったんです。それまでは、「自分が社会に対してやりたいこと」=サイボウズの企業理念である「チームワークあふれる社会をつくる」だったので、他に何も思いつかなかったんです。けど、副業について考えているうちに「本当にそれ以外ないのか? 自分でやりたいことって、他にもあるんじゃないのか?」と思えるようになって。
自分がやりたいことを、もう一度見つめ直すきっかけになったんですね。
そうです。そこから、「自分探しの旅」を始めたんですよ。51歳にして(笑)。
自分探しって、具体的にどのようなことをされたんですか?
「『やるべきこと』『やりたいこと』『できること』の3つが満たされると、人は充実した状態になる」という弊社のモチベーション創造メソッドがあるのですが、これに則って、自分が何をやったら楽しいのか、どういう世界を実現したいのか、改めて書き出しながら、整理していったんです。
整理した結果、どのような答えが出たのでしょう?
僕がやりたいことは、高齢者や障害者、いじめ被害者や貧困家庭など、社会的弱者とされる人たちが生きやすい社会をつくること。「学ぶ機会」ではなく「自らの幸せを追及する社会」、すなわち「インクルージョンな社会を実現すること」だと思ったんです。これを、自分の手が届く範囲からつくろうと思いました。
なぜその領域にチャレンジしようと思ったんですか?
最初は、自分のこれまでの経歴を考えて、「コンサル事業をやろうかな」とざっくり考えていました。でも問題は、その対象をどこに向けるか。いろいろ悩みながらたくさんの市場を見ていたとき、障害者など社会的弱者の支援に興味が沸いたんです。
そこから「インクルージョンな社会の実現」につながるんですね。
障害者支援に直接的に携わりたいというよりは、インクルージョンな社会をつくるために、障害者支援業界を変えたいと思ったんです。大学を出て就職しても、福祉業界は薄給です。そこで働いている人たちが普通に結婚して家を建てて暮らせるようになってほしいし、高いサービスを提供して障害者とそのご家族たちも幸せに暮らせるようになってほしい。
それはサイボウズではできない領域だったんですか?
サイボウズの根幹となる商売はソフトウェアの販売なので、ご購入いただくまでですが、例えば障害者支援をしている地方の団体となると、IT化以前に経営や体制の問題を抱えていたり、ITの利用イメージがなかったり、サイボウズの主領域とはズレてくるんです。そこに副業として関われたら、という狙いがありました。
「外に目が向くようになった」。青野さんが語る副業を始めてからの松村さん
青野さんから見て、副業に向けて動き出した松村さんはどのように映りましたか?
いろいろと活動を始めてみて、難しさにも気付いたみたいでした。サイボウズの仕事がありつつ、副業もお金にしないといけないのに、時間はあまり割けない。大変なことですし、半端な覚悟じゃできないですよねえ……見ているのは簡単なんですけど(笑)。
客観的に見て、松村さんは副業を始めてどのような点が変わったと思いますか?
外に目が向くようになりましたね。これまでは僕の言ったことを理解して、忠実に動こうとするところがあったのですが、「俺を向くな。外を向いてニーズを拾ってこい」という意図が伝わったのか、少しずつですけどきちんと行動に見られるようになりました。
副業のことで、何か相談を受けたことはありましたか?
いや、あんまりないですね。僕、相談に関しては、役に立たないので(笑)。経過報告は聞いていたんですけど、僕も答えがわからなくて。松村さんがどんな副業をするのか、それがどのように次につながるのか……答えは松村さんの中にしかないですから。
副業の難しさは「時間管理」にある
「インクルージョンな社会を実現する」というやりたいことが見つかってから、お仕事として実際に動くまで時間はかかったのでしょうか?
「やりたい」と思ったことをすぐにできたわけではなかったです。スキルが必要だろうし、なにより市場への認知がゼロの状態からアピールしなきゃいけないので。
認知度は、どうやって高めていったのでしょう?
Facebookをやっていましたので、最初はそこで副業の準備をしていることなどを書いていたのですが、「ブログにしたらいいよ」と助言をもらい、そこからブログでの発信も始めました。ブログだとネット上の検索にもヒットしますし、後で見返すことが容易になるので。
やはり個人が発信するとなると、SNSやブログがスタートなんですね。大変だったところは、どういったところでしょうか?
時間の捻出ですね。本業であるサイボウズの仕事もして、個人事業主の登録などの事務手続きもしながら、どのような事業をすべきか考え、情報発信をしないといけなかった。時間管理が本当に大変でした。
月曜日から金曜日まで毎日出社はしなければなりませんもんね。土日に時間を作って、まとめて行っていたのでしょうか?
サイボウズはクラウド上で仕事を管理しているので、電車や家でも本業の仕事はできるんです。だからこそ、副業の時間は意識して作らないといけない。土日にまとめてというよりは、30分早く起きてその時間は本業のことを考えないなど、いろんな隙間時間を使って、頭を切り替えていました。
副業を経て気付いた「仕事へのコスト意識」
青野さんから副業の提案を受けてから10カ月、今はどんな仕事をされていますか?
9月1日から、福岡県久留米市にある障害者支援会社「有限会社 Taka.Co」と業務委託契約を結んで、顧問という形で経営コンサルに入っています。
どのような会社なのでしょうか?
普通、障害者支援事業は、「社会福祉法人」として、税金がかからない形で運営するところが多いのですが、そこは会社形態で、障害者の就労継続支援や訪問介護、介護保険タクシー事業などをしています。
どういった経緯でお仕事が始まったのでしょうか?
その会社の経営者さんとは以前からFacebookでつながっていて、「一回見に来てください」と言われて、この夏に久留米市まで行ったんです。話を聞いてみると、本気で久留米市から日本の障害者支援業界を変えようとしていました。その姿勢に共感して、一緒にお仕事をさせてもらうことになったんです。
順調に進んでいるように感じますが、副業を進めていく中で、気付いたことはありますか?
当たり前ですが、本業だと自分が仕事をする範囲は限られています。でも副業は、全て自分でやらなきゃいけません。営業して、経理もやって、請求書や資料も作る。そうした業務全体にコスト意識が生まれたのは、会社員だけをやっていたらなかなか気付かなかったでしょうね。 なので、時間の使い方が副業前までよりもうまくなった気がします。無駄なことはしない、するべきじゃない。本業でもかなり効率を求めて動くようになりました。
「今の彼のほうがいい」。青野さんが松村さんに感じた変化
青野さんは、副業前後で松村さんが特に変わったなと思うところはどこですか?
仕事に対する覚悟感が全然違うと思います。彼はエリート出身で頭が良くて、ある意味そのままのルートをまっすぐいけた人なんですよ。でも副業という選択をしたことで相当価値観を変えられたんじゃないかと思います。今の彼のほうがいいですよ。1年前と比べたら。目の輝きが。
9月に入ってからは久留米市にある会社さんとお仕事が始まったことも伺いました。提案した立場として、副業先が決まったときは安心されたんじゃないですか?
着実に成長している、という意味で安心しました。ちゃんと難しさに気づき、その中でどうやって解決策を探していくのかを自分で考えながら進めている。お金の動きも、時間の使い方も、本業では学べないですからね。自分の時間だけじゃ足りない、じゃあ誰の時間を借りようか? 誰の知恵を借りようか? 人にも目が向くようになると、人脈も広がっていきます。その変化を感じ取れたので、このまま続けばさらにステップアップすると確信しました。
「副業で実感したメリットは?」「サイボウズ一筋じゃなくなったことかなぁ……(笑)」
副業を始めて、現在までで実感されたメリットや変化はありましたか?
サイボウズ一筋じゃなくなったことかなあ……(笑)
え! それ言っていいんですか!(笑)
いい意味で、ですよ(笑)。外に出ると見えてくるものがあるんだなあと思いました。あとは、自分のやりたいことを、サイボウズとは別のアプローチでできるチャンスが生まれた。これもすごく大きなメリットだと思いました。
新たな視点が加わったことが、財産になっているんですね。
所属するチームがこれまで「家庭」と「会社」しかなかったところに、もう1つ加わったんです。今までは2つじゃなきゃいけないってどこかで決めつけていた。でも3つになったらいろんな見方ができるし、安心感がある。
安心感はどこから来るのでしょう?
サイボウズで必要とされている自分とはまた違った自分を必要としてくれる。そのことへの安心感でしょうね。サイボウズの自分が100%じゃなくなった。「こういう松村も必要とされている」と実感できるのは、新しい居場所ができたようでうれしいんです。
最後の質問です。松村さんは、副業を万人に勧めますか?
万人には勧めないですねえ。
ご自身でやられてメリットがあったのに?
副業は合う人・合わない人がいる気がするんです。ある程度自立していないと難しいですし、本業が回せなかったらやるべきではないと思いました。でも、万人に勧めたいのは、「自分が本当に何をしたいのかしっかり考えておくこと」。 僕が副業の提案を受けて苦労したのは、「何をしたらいいか」で悩んだ部分だったので。そこをあらかじめ考えていれば、僕みたいな「自分探し」する無駄な空白時間は作らなくて済むと思います(笑)。
そのうえで選択肢が会社に居続けることなのか、転職なのか、副業なのかを改めて考えればいいということですね。ありがとうございました!
執筆:カツセマサヒコ/写真:横山英雅/編集:プレスラボ
カテゴリー: みんな、どんな複業をしているの?(30〜50代), よく読まれている記事, サイボウズ, 働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。
タグ: モチベーション創造メソッド, 副業, 複業, 青野慶久